CFSの概略
慢性疲労症候群(CFS)とは、これまで健康に生活していた人に原因不明の強い全身倦怠感、微熱、頭痛、脱力感や、思考力の障害、抑うつ等の精神神経症状などが起こり、この状態が長期にわたって続くため、健全な社会生活が送れなくなるという病態である。
1984年、このような病状を訴える患者の集団発生がネバダ州(アメリカ)においてみられ、当時米国防疫センター(CDC)がこの調査を行ったことがきっかけとなり、この病態の解明に向けてl988年に診断基準が定められた。
日本では、CFSについて、数年前まではほとんど注意が払われなかったが、l990年の「日本語版ニューズウィーク」に“疲労の謎に挑む”と題する特集記事がセンセーショナルにとりあげられたのがきっかけで、マスコミで大きくとりあげるようになり、よく知られる病気となった。l990年には、大阪大学の木谷照夫教授らにより国際的診断基準を満たす第1例が報告され、199l年には、厚生省のCFS調査研究班(斑長:木谷照夫)が発足している。その後、日本におけるCFSの診断基準(表1)がCFS調査研究班により設定され、1993年にはこの基準をもとに474例(感染後CFSを含む)のCFS症例が報告されている。(本文続く)
表1 厚生省CFS診断基準試案(平成7年3月、一部改変)
A.大クライテリア
1.生活が著しく損なわれるような強い疲労を主症状とし,少なくとも6カ月以上の期間持続ないし再発を繰り返す(50%以上の期間認められること)。この強い疲労とは,疲労が短期の休善で回復せず,月に数日は疲労のため,休まねばならなかったり,家事ができず,しばしば臥床せねばならない程度のものである。〔この疲労の程度については別表1「PS(Performance Status)による疲労・侮怠の程度」の段階3以上のものとする(別表省略)。
2.病歴,身体所見.検査所見で別表に挙げられている疾患を除外する。ただし,精神疾患については別表2以外の心身症,神経症,反応性うつ病などはCFS発症に先行して発症した症例は除外するが,同時または後に発現した例は除外しない。特にうつ病に関しては,両極性うつ病はただちに除外するが,単極性のものは精神病性であることが明らかになった時点で除外することとし,それまでの診断不確定の間は反応性うつ病と同し扱いとする(別表省略)。
B.小クライテリア
ア)症状クライテリア (以下の症状が6カ月以上にわたり持続または繰り返し生ずること)
1. 徴熱(腋窩温37.2〜38.3℃)ないし悪寒
2. 咽頭痛
3. 頸部あるいは腋窩リンパ節の腫張
4. 原因不明の筋力低下
5. 筋肉痛ないし不快感
6. 軽い労作後に24時間以上続く全身倦怠感
7. 頭痛
8. 腫脹や発赤を伴わない移動性関節痛
9. 精神神経症状(いずれかlつ以上)羞明,一過性暗点,物忘れ,易刺激性,
錯乱,思考力低下,集中力低下,抑うつ
10. 睡眠障害(過眠,不眠)
11. 発症時,主たる症状が数時間から数日の間に発現
イ)身体所見クライテリア(少なくともl月以上の間隔をおいて2回以上医師が確認)
1. 微熱
2. 非浸出性咽頭炎
3. リンパ節の腫大(頸部,腋窩リンパ節)
大クライテリア2項目、小クライテリア(症状クライテリアll項目,身体所見クライテリア3項目)より構成され,大クライテリア2項目に加えて小クライテリアの症状クライテリア8項目以上か、症状クライテリア6項目+身体クライテリア2項目以上満たすと「CFS」と診断する。大クライテリア2項目を備えるが,小クライテリアで診断基準を満たさない例は「CFS疑診例」とする。上記基準で診断されたCFS(疑診例は除く〉のうち,感染症が確診された後,それに続発して症状が発現した例は「感染後CFS」と呼ぶ。
CFSは、感染症をきっかけに発症した症例が認められることや、ときに集団発生をみること、多くの患者において発症時に感冒様症状が認められることなどにより、病因としてウイルス感染症を疑い、その原因ウイルスを決めようとする努力が世界中で行われてきた。その代表的なウイルスとして、ヘルペスウイルス(EBウイルス、HHV‐6)、エンテロウイルス(コクサッキーBウイルス)、レトロウイルスなどがあげられる。しかし、すべてのCFS患者を説明できるようなCFSウイルスとでもいうべき特定のウイルスは見いだされていない.
原因が不明である長期の全身疲労には、神経症などの精神疾患や不全型の膠原病など、さまざまなな病因による病態が含まれていると思われるが、CFSの診断基準を満たす多くの症例は、1)インフルエンザや急性伝染性単核球症などの急性のウイルス感染症後に発症する感染後CFSの群と、2)ストレス等の環境因が先行し、神経・内分泌・免疫異常に伴い潜伏感染しているヘルペスウイルス(特にヒトヘルペス6型ウイルスなど)の再活性化や、インターフェロンやTNF,TGF-βなどのサイトカインの産生異常が引き起こされ微熱、倦怠感が見られる群の2つに大別することが可能である。
最近我々は、CFS症例に精神・神経症状が認められることに着目し、北海道大学免度研究所の生田和良教授とともに、好神経性ウイルスであるボルナ病ウイルス(BDV)との関連を調べたところ、健常人ではほとんどBDV抗体やBDV-RNAは認められないのに対し、CFS患者では抗体が89例中30例、BDVのRNAが57例中7例と高率に認められることに気づいた。さらに家族内感染が疑われるCFS症例も発見された。 BDV感染は、CFS患者全てに見つかるわけでなく、一部の症例で関係しているものと思われるが、今後BDVが認められたCFS患者についてはその病因・病態との関連について調査が必要である。尚、CFS患者に感染しているBDVのRNAシークエンスを調べたところ、約20%のウイルス変異がみつかり、ヒトに感染しているウイルスは変異ウイルス株である可能性が考えられた。
尚、CFSの病因については感染症以外にも精神科的機能性疾患、免疫異常、内分泌異常、代謝異常など多角的な検討が行われている(表2)。我々は、エネルギー代謝異常の観点より検討したところ、CFS患者の多くに血清アシルカルニチン減少が見られることに気付いた。血清アシルカルニチンは、これまで生理学的意義はあまりないものと思われていたが、その後の研究にて生体にはアシルカルニチンの動態調節系が存在すること、脳では神経伝達物質の合成に利用されていること、CFS患者では脳への取り込みに異常が存在することなども見出している。
CFSの有病率は、1988年の診断基準を用いたCDCの調査では人口10万人あたり4.0〜8.7人と報告されている。しかし、CDCは1994年に小クライテリアの必須項目数を減らすなどのCFS診断基準の改訂を行い、また6カ月以上原因不明の疲労が続くがCFSの小クライテリアを満たさない症例をICF(idiopathic chronic fatigue)と呼び、日本のCFS疑診に相当するような症例も調査・治療の対象とした。イギリスやオーストラリアの調査では、原因不明の長期疲労を訴える患者は人口10万人あたり100〜200人存在すると推測されている。したがって、原因不明の疲労とともに、微熱や筋肉痛を思考力の障害を訴える症例は決して稀なものではないと思われる。
CFSの治療に関しては、病因が明らかでない現在特定の治療が見つかっているわけではなく、抗ウイルス薬や免疫グロブリン、免疫調節剤、ビタミン剤などさまざまな治療が模索されている(表3)。精神症状が強い症例には抗精神薬や睡眠導入剤を、筋肉痛や関節痛の強い症例には消炎鎮痛剤も併用している。また、患者の病気に対する不安感を和らげるカウンセリングも一部有効であり、欧米ではインターネット等を通じてたCFS患者同士の情報交換も症状の改善につながっていると言われている。
CFSの予後は、感染後CFSのように発症が急である症例は比較的良く、2〜3年以内に治癒する症例を多く経験する。しかし、疲労とともに身体表現性障害や気分変調症を伴っている症例では10年以上経過しても緩解しない例もしばしばみられる。したがって、治療効果などを検討する場合、CFS症例をすべて同一に扱うのではなく、発症形態や精神神経疾患の合併の有無、免疫異常の有無など、それぞれの症例に対して病因・病態により区分して評価することが今後必要と思われる。
かつて社会的なトピックスとしてマスメディアの一面をにぎわしたCFSも、それほど話題性がなくなったためか、最近ではあまり取り上げられなくなってきた。しかし、この病気の患者がいなくなったということでは決してない。原因不明で、治療法が見当たらず苦しい日々を送っている患者は多い。CFSの知識の普及ともに、病因の解明と治療法の碓立が望まれる。