研究テーマ

 

 私たちの研究室では、アルツハイマー病をメイン・ターゲットとして、主に分子生物学的な手法を用いて、その発症メカニズムや診断・治療薬の可能性を探っています。

アルツハイマー病は認知症の原因疾患の中で最も多い病気であり、わが国では認知症の約60%がアルツハイマー病であると言われています。認知症は脳の神経細胞のネットワークが破壊されることで発症すると考えられています。神経ネットワークは神経細胞どうしが神経伝達物質を介して情報のやり取りをすることで成り立っており、この情報のやり取りが行われる神経細胞と神経細胞の接合部をシナプスと呼びます。何らかの原因でシナプスの働きが低下するとネットワークに異常が生じ、認知機能が低下します。病気が進んで神経細胞が広範に死に始める状況では、ネットワークが破壊され、重度の認知機能低下に陥ります。やがて通常の生活にも支障をきたすようになって、この時点で認知症あるいはアルツハイマー病と診断されることになります。

発症原因解明の鍵となるのが、アルツハイマー病でみられる脳の病理変化です。アルツハイマー病の脳では、老人斑、神経原線維変化、神経細胞死(それによる脳の委縮)という3つの特徴的な病理変化が起こっています(図1)。老人斑はアミロイドβ(以下Aβと略します)と呼ばれる40〜43アミノ酸からなる小さなペプチドが、互いに集まってアミロイド線維と呼ばれる不溶性の(「水に溶けない」という意味)線維状の凝集体を形成し、細胞外に沈着したものです。一方、神経原線維変化はタウと呼ばれる352〜441アミノ酸からなる蛋白質が過剰にリン酸化され、互いに集まってこれも不溶性の線維状の凝集体を形成し、神経細胞内に溜まったものです。タウは、細胞内で蛋白質輸送を担う微小管というレールを補強するまくら木のような働きをしています。過剰にリン酸化されるとタウは微小管に結合できなくなって凝集し、微小管は不安定になって細胞の機能が低下すると考えられています。
これまでの研究から、これらの病理変化のうち老人斑が最も早く脳に出現し、次に神経原線維変化、続いて脳の委縮が起こり、認知症が発症するのはそのあとであることがわかっています。老人斑形成から神経原線維変化出現まで10年以上、認知症発症までは20年もの歳月がかかります。Aβが凝集・沈着することで老人斑ができ、老人斑が引き金となって神経原線維変化が起こり、神経原線維変化が原因で神経細胞が死に、神経細胞が死ぬことによって認知症が発症する。この考えはアミロイドカスケード仮説(またはアミロイド仮説)と呼ばれ、1992年に提唱されて以来多くの研究者に支持されてきました。


 (図1)

 

アミロイド仮説に基づいて、これまで、Aβの産生を抑えたりAβを除去したりする薬が数多く開発されアルツハイマー病患者に試されてきましたが、未だ有効なものは出ていません。この理由として、アルツハイマー病になる頃にはすでに多くの神経細胞が死んでおり、その時点でAβを除去してももはや神経ネットワークは回復しないということが考えられます。これからのアルツハイマー病対策は、発症前診断と予防が大事になってくると思われます。すでに発症してしまった患者さんに対しては、残った神経細胞の機能を回復させる神経栄養因子やiPS細胞を使った神経細胞移植などの新しい治療法の開発にも期待したいところです。

私たちの研究室では、これまで、

  1. Aβオリゴマー仮説を証明する、アミロイド前駆体蛋白質(APP)の新しい遺伝子変異の発見(2008年)
  2. 老人斑を形成せずAβオリゴマーのみを蓄積する新しいアルツハイマー病モデルマウス(APPトランスジェニックマウス)の作製(2010年)
  3. 3リピートタウと4リピートタウの両方を発現し、イントロン変異によりタウオパチーを発症する新しいタウトランスジェニックマウスの作製(2013年)
  4. タウの変異なしに神経原線維変化を形成する新しいアルツハイマー病モデルマウス(APP×タウダブルトランスジェニックマウス)の作製(2014年)
  5. アルツハイマー病治療用の新しいタウモノクローナル抗体の開発(2015年)

などの研究成果をあげてきました。
現在は、これまでとは異なる機序のアルツハイマー病治療薬の開発を目指しています。


文献(上の番号に対応しています)

  1. Tomiyama T., Nagata T., Shimada H., Teraoka R., Fukushima A., Kanemitsu H., Takuma H., Kuwano R., Imagawa M., Ataka S., Wada Y., Yoshioka E., Nishizaki T., Watanabe Y., Mori H. A new amyloid b variant favoring oligomerization in Alzheimer's-type dementia. Ann. Neurol. 63, 377-387, 2008.
  2. Tomiyama T., Matsuyama S., Iso H., Umeda T., Takuma H., Ohnishi K., Ishibashi K., Teraoka R., Sakama N., Yamashita T., Nishitsuji K., Ito K., Shimada H., Lambert M.P., Klein W.L., Mori H. A mouse model of amyloid b oligomers: Their contribution to synaptic alteration, abnormal tau phosphorylation, glial activation, and neuronal loss in vivo. J. Neurosci., 30, 4845-4856, 2010.
  3. Umeda T., Yamashita T., Kimura T., Ohnishi K., Takuma H., Ozeki T., Takashima A., Tomiyama T., Mori H. Neurodegenerative disorder FTDP-17 related tau intron 10 +16C→T mutation increases tau exon 10 splicing and causes tauopathy in transgenic mice. Am. J. Pathol., 183, 211-225, 2013.
  4. Umeda T., Maekawa S., Kimura T., Takashima A., Tomiyama T., Mori H. Neurofibrillary tangle formation by introducing wild-type human tau into APP transgenic mice. Acta Neuropathol., 127, 685-698, 2014.
  5. Umeda T., Eguchi H., Kunori Y., Matsumoto Y., Taniguchi T., Mori H., Tomiyama T. Passive immunotherapy of tauopathy targeting pSer413-tau: a pilot study in mice. Ann. Clin. Transl. Neurol., 2, 241-255, 2015.