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私たちの研究室では、アルツハイマー病をメイン・ターゲットとして、主に分子生物学的な手法を用いて、その発症のメカニズムや診断・治療薬の可能性を探っています。
アルツハイマー病は、脳の神経細胞が徐々に消失することにより認知症(痴呆症)を呈する進行性の神経変性疾患です。アルツハイマー病と並んで重要な脳疾患としてプリオン病や狂牛病がありますが、これらは海綿状脳症とも呼称されているように激しい脳皮質の細胞脱落があります。これらをまとめてみますと、程度の差を認めつつ認知症状の大切な共通所見としての細胞死は記憶にとどめる必要がありそうです。細胞脱落、とくに神経細胞の細胞死についての理解は大きく立ち後れているのが実情です。研究を推進する根拠が消失していくことが最大の障壁となっています。
アルツハイマー病の脳には、老人斑と神経原線維変化という2つの特徴的な病理変化が現れます。老人斑はアミロイドと呼ばれる異常線維構造物(電子顕微鏡により直径6nmとして観察される線維)が細胞外に蓄積したもので、その周りを変性した神経突起やミクログリアが取り囲んでいます。一方、神経原線維変化は神経細胞内にできる異常構造物で、主としてPHF (paired helical filaments) と呼ばれる、アミロイドとは異なる物質から成っています。アミロイドもPHFも不溶性が高く、細胞にとって好ましいものではありませんが、これらの異常構造物が病気の原因なのか結果なのかは議論の分かれるところです。さいわい、上記の細胞脱落が病理変化との間に分子的関連性を示唆する証拠が蓄積しつつあります。この視点からも病理変化あるいはそれに関連する分子の異常を研究することは確実な研究成果を求めることになると考えられています。
【病理変化について】
アミロイドの主要構成成分はアミロイドβ蛋白(Aβ)と呼ばれる40〜42アミノ酸からなるペプチドで、APP (amyloid precursor protein、第21番染色体) と呼ばれる前駆体蛋白からプロテアーゼの作用により生理的に産生されることが分かっています。産生されたAβ(そのほとんどはAβ40)は、種々のメカニズムにより脳実質から除去されると考えられますが、アルツハイマー病の脳では正常ではあまり産生されないAβ42がアミロイドとして沈着しています。アミロイドとして脳内に沈着するのは脳実質にある老人斑と血管の付着している血管アミロイド(アミロイドアンギオアパチー)があります。アミロイドの化学構造や、原因遺伝子の研究は家族性アルツハイマー病の原因遺伝子の研究から始まり、紆余曲折の末にやっとプレセニリン1(Presenilin1)(第14番染色体)、プレセニリン2(Presenilin2)(第1番染色体)というタンパク質分子が同定されましたが、これらの分子はAPPからAβを切り出すプロテアーゼとして働いていて、その遺伝子変異はAβ42の産生を高めることが知られています。
また、アルツハイマー病の遺伝的危険因子として、アポE(Apolipoprotein E、第19番染色体)が知られていますが、アポEはAβの沈着または除去に関与していると考えられています。この他にも、Aβの血中濃度を高める未同定の危険因子が第10番染色体にあるという報告もなされています。Aβ(特にAβ42)の蓄積がアルツハイマー病の原因であるという考えは「アミロイド仮説」と呼ばれ、現在の主流となっています。これまでの研究成果は、Aβのワクチン療法という形でアルツハイマー病の治療に応用されようとしていますが、臨床試験において脳の炎症などの副作用が出たらしく、簡単には行かないようです。最近では、Aβは細胞外からではなく、細胞内から作用して神経細胞死を引き起こすのではないかと考える論文が増えてきました。
一方のPHFですが、こちらの主要構成成分はタウ(tau protein)(第17番染色体)と呼ばれる352〜441アミノ酸からなる微小管結合蛋白であることが分かっています。PHF中のタウは、異常にリン酸化されているという点で正常のタウと異なっています。アルツハイマー病においてはアミロイドの沈着が神経原線維変化に先行して起こること、老人斑と比べて神経原線維変化の疾患特異性が低いことなどから、タウの異常は神経変性疾患共通の現象であり、アルツハイマー病の直接の原因ではないと考えられています。しかし最近、FTDP-17 (frontotemporal dementia with parkinsonism linked to chromosome 17) という神経変性疾患の原因がタウの遺伝子変異にあることが明らかとなり、神経細胞死におけるタウの役割が見直されてきています。
【認知症状の原因分子を求めて】
病理変化として、顕微鏡で観察できる老人斑、血管アミロイドや神経原線維変化をご紹介していますが、認知症という症状はこれらが直接の原因である証拠は確定したわけではなく、なお議論の多い課題となっています。実際、臨床的な認知症状の度合いは、MMSE、WMS-R、CDR、ADAS-Jcogなどの心理テストによる段階評価によりますが、これらの認知症度は細胞死や神経原線維変化の脳内局在と密度と相関するとされていますが、これらの疾患特異性が低いこと、あるいは評価マーカーとしての不確かさなどの問題が解決されていません。もっとも残る病理変化である老人斑を以てしても科学的な立場で認知症度を議論することはできません。ただし、老人斑を構成するアミロイド分子については、その疾患特異性、直接および関連する原因遺伝子などの証拠から認知症を惹起する直接的な原因分子として多くの研究者が検討を進めているところです。
APPから生成されるアミロイド分子には、超遠心沈査画分に回収されるアミロイド線維とは別に、高度の可溶性であるモノマーあるいはオリゴマーのアミロイドがあります。オリゴマー状アミロイドは、通常5〜6量体までのアミロイド凝集体ですが、より高分子量体であるADDLs (amyloid-beta derived diffusible ligands)あるいはAβ*56を検出している研究室もあります。2002年にハーバード大学からモノマーでもアミロイド線維でもないオリゴマーと呼称されている新規アミロイド分子種が、シナプスの重要な機能である長期記憶増強機能(long term potentiation)を傷害することが示されました。以後、認知症の直接的原因分子として、つまり病気の真犯人としてオリゴマーアミロイドが急速に注目され始めています。本研究室でも、オリゴマー状態特異的な抗体を作成し、そのシナプス局在を同定するなど大きな研究成果を生み出そうとしています。
私達は、これら蛋白質間の相互作用や、その異常が神経細胞に与える影響などを、分子レベル、細胞レベル、さらにはトランスジェニックマウス(transgenic mouse)やノックアウトマウスを用いて個体レベルでの解明を目指しています。
(by Tomiyama and Mori )