大阪公立大学大学院医学研究科 脳神経外科学教室

(旧 大阪市立大学)

研修体験記
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研修体験記:前期臨床研修(卒後1-2年)

J.Iさん

 「楽しかった!」それが3ヶ月間の脳神経外科での研修を一言で表した気持ちです。いっしょにローテートする研修医が他にいなかったこともあり、多くの患者さまと接し関わることができました。人が好きで人と関わって生きたいという思いが私の生き方にあり職業選択にも影響しています。ですから、多くの患者さまと関わり、その生き様を見せていただけたのは純粋に喜びでもあり大きな学びともなりました。病をどう受けとめどう向き合っているかは十人十色でしたし、入院中に変化させていく方もいました。坦坦と冷静に受けとめている姿に感心したり失意の中で投げやりになっていたのに前向きに変わっていく様に感動したりすることもあれば、かける言葉なく見守ることしかできないときもありました。家族の形も様々で興味深いものでした。
 そもそも、患者さまの話を聴くことは診断においてもたいへん重要だということを実感しました。「ゴルフでボールをかするようになった」「道で人とすれ違うときにうまくよけられなくなった」あるいは「買い物袋が片手でもてなくなった」「ボタンを上手くかけられなくなった」というような患者さまの話す自覚症状や時間経過は疾患の部位や性質を推察するのにとても大切な情報です。私は、神経診察ができるようになりたい、脳神経系の画像を読めるようになりたい、という気持ちから外科研修として脳神経外科を希望したのですが、神経診察や画像検査以前に医療面接がそもそも重要だということを実感し、また実践することができたのは大きな研修成果の一つだと思います。
 話が後先になりますが、大阪市大病院の卒後臨床研修プログラムの外科研修では脳神経外科を選択できると知り、私は迷わず希望しました。と言いましても(予め白状しますが)、私は脳神経外科志望ではなく、精神科医を志しています。精神科志望の私が脳神経外科での研修を希望したのは、先にも述べましたように神経診察と脳神経系の画像読影に強くなりたいという気持ちからでした。学生時代の精神科での臨床実習において、一見すると片麻痺を呈してはいるけれど神経学的所見を考察すると理屈に合わず転換性障害と考えられた若い女性、あるいはアルツハイマー性認知症を疑われて紹介されたけれど慢性硬膜下血腫だったという高齢女性などの症例を経験し、精神科疾患を正しく評価し適切な治療に導くには神経診察や画像評価が大切だと感じていたためです。この目標に関しては少し自信がつきました。当初は診察も所見をとることが目的になっていて正常/異常の判断のみで終わっていました。また解剖の知識が不十分なために画像評価に苦手意識を強く感じていました。しかし、医療面接で得られた情報や神経診察で認められた異常所見はどういった脱落症状を意味するのか、ひいては解剖学的にどこに所見があるのかと考えることができるようになり、そういう考察の上で画像を見ることで少しずつ慣れていったように思います。
 脳神経外科は比較的少ないスタッフで40人以上の入院患者を診ていくので研修医といえどもある程度はすべての患者を把握する必要がありました。それは知識も経験もない私にとっては難しいことでしたが、患者さまのことを知るのは楽しいことでした。毎日行われるカンファレンス・回診と夕方の締めは、どのように診断し治療方針を立て治療していくか、治療成果をどのように評価し考察しているかという過程をおぼろげながらもリアルタイムに把握するのに大切な時間でした。また、ベテランの先生方があんなにも悩みながら治療方針を立てていく姿は素直に尊敬できました。手術は見ていることがほとんどでしたが、術前カンファのおかげで興味深く立ち合うことができましたし、脳や脊髄をあんなに間近に観察するという貴重な経験を畏れ多く感じています。術後管理などについてあまり自分で考えることなく過ごしてしまったことは反省点の一つです。
 脳外科の疾患は良性の疾患であっても重篤な症状を呈したり大きな障害が残ったりすることもありますし、治療のために新たな障害を甘んじることが必要となる場合もあります。患者本人やご家族が長く向き合っている疾患もあります。そのような状況に思いを馳せて最良の医療を提供しようとする先生方の真剣さはプロフェッショナルのものだと感じましたし、「自分の腕で患者を治す」という外科医の責任感と気迫を手術室のみならずカンファレンスでも病棟でも感じました。私は患者さまが治っていくためのお手伝いをするというスタンスで医療に臨んでいました。それは謙虚なようでありながら、どこか責任逃れとなりかねない危うさもあるのではないかと戒めの念をもちました。
 チーム医療の重要さを実感できたことも大きな学びの一つです。脳神経外科の患者さまには歩行障害・運動麻痺・嚥下困難などADLが低下している方や聴覚障害・構音障害・失語症あるいは認知症などでコミュニケーションが困難な方が多くいます。療養上の看護に加えて医師が十分な時間をとれないときのフォロー、症状の観察や尿崩症のin/outの把握など看護師さんの働きがとても大きいことを感じました。また、リハビリテーションの重要性も学びました。脳神経外科での治療といえば手術あるいは放射線療法・化学療法が挙げられるでしょうが、適切なリハビリテーションがなされなければ治療の効果も不十分に終わってしまうでしょう。能力そのものの改善は難しくとも残存能力をより効果的に用いるコツを学んでADLを改善させていく様子にリハビリテーションの意義を強く感じましたし、療法士さんの生活動作に結びついた具体的な指導はとても勉強になりました。主にリハビリテーションの療法士と看護師によってもたれるリハビリカンファでは退院後の生活をも念頭に置いて具体的な取り組みがディスカッションされており、学ぶことが多くありました。さらにソーシャルワーカーが転院をスムーズに進める中で患者さまやご家族の気持ちも支えていることも感じました。
 初期研修という制度がなければ脳神経外科での研修の機会はなくこの充実した貴重なときはありませんでした。この研修での学びと経験を大切に今後に活かしたいと存じます。最後になりましたが、脳神経外科医になるわけではないにもかかわらず拙い私を快く受け入れご指導くださった先生方や病棟・手術室のスタッフの皆様に心から感謝しお礼申し上げます。