大阪市立大学大学院医学研究科 脳神経外科学教室
研修体験記
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研修体験記:前期臨床研修(卒後1-2年)

Y.Kさん

 今年度4月から6月までの3ヶ月間、脳神経外科での研修をさせていただきました。
3ヶ月間での感想をこの場で書かせていただきたいと思います。
 2009年3月三重大学医学部を卒業しました。
 途中2回の仮進級に挫折しかけましたが、最後の最後でなんとか突破し6年間で卒業することができました。もちろん勉強していたわけもなく、朝日と共に就寝し、夕暮れを待ち起床。起床後は部活(体型から想像できないですけど、バスケ部でした。6年の夏まで懲りずにやってました)に向かい、部活後は意識がなくなるまで、JCS3桁、GCS2-2-3程度になるまで飲むという日々を邁進していました。
 国家試験問題集もいち早く10月にそろえ準備万端、模試では100位/105人という輝かしい成績を残し、一切の不安なく無事国家試験を突破できました。
無理やり容量の少ない脳に詰め込んだ知識は4月を迎える頃には微塵の面影もなく、卒業旅行で行った石垣島の珊瑚礁内に沈めてきました。
 我に返り自らの知識量をもって初仕事を迎えるあたり、かなりの不安を抱き、それ以上にまぁなんとかなるかというpositive thinkingが不安をかき消し、初仕事の日を迎えることとなりました。
 大阪市立大学の研修ローテーション上で外科系では脳外科を選択でき、他大学出身の僕は何の情報を持たず、脳外科を選択しました。
 元々卒業時に特に深く考えてはいませんでしたが、進路は脳外科を希望していました。
大学時代の学生実習で脳外科も2週間回りましたが、ちょうど学会が重なっていたため一度も手術を体験・見学することもなかったので、どのような仕事内容か全く分からず、それが最も不安な部分でした。
 また、大阪市立大学を卒業した研修医の同期から脳外科は他の科と比べて、手術は長い・難しい・遅くまで仕事が終わらないこともある、などより不安を掻き立てるようなことも言われていました。勉強もそこまで得意でもないし真面目でもなかった自分がやっていけるのか、不安は数倍にも膨れ上がりました。
 けれども、このような不安に押しつぶされそうになりながらも、多くの先生方にお世話になりながらも無事に終了することができました。
悩んだ問題とその解決を挙げて、振り返ってみたいと思います。

@ 朝が早い
→昼まで寝ていた学生生活から一転。初めは辛かった。
 慣れるまで時間はかかったけど、大学時代酔っ払うと草むら、銀行の裏ででも
 寝るという経験を生かしてどこでもいつでも寝ることができたので、大丈夫でした。
A 終わるのが遅い
→気にしない
 10時だと早いなと感じ、それから飲みにいくことも多々ありました 
B 知識がない
→気にしない
 というわけにもいかず・・・ 初めはMRIで内頸動脈すらどれか分かりませんでした。ポリクリ学生以下でしたが、色々教えていただきなんとか学生以上程度にはなった
とは思います、きっと。
C プレゼンができない
→ひどかったと思います。
 滑舌が悪く、自身がないので早口で早く終わらせようというのは最後まで変わりませんでした。
D プレゼンが英語
→ひどかったと思います。
 けれど、一度大畑先生に日本語より良いと言っていただきましたが、あとあと良く考えると、それ以上に日本語がひどかったということでした。
E ビデオ編集
→最後まで慣れませんでした。
 もっと勉強して出直してきます。
F 手術が毎日
→気にしない 
G 手術が長い
→気にしない。忍耐。
H 手術中の空腹
→気にしない。お陰で脳外科での3ヶ月で7kgの減量に成功しました。
 が、そのあと見る影もなく元の体型以上にもどりました。
I 手術中の眠気
→忍耐
J 飲み会
→忍耐。

ビールに目がないという称号をいただく。後先考えず飲んで何度も意識なく帰宅。翌朝絶望する、手術中マスクの下で吐き気を催すということが多々ありました。
 こうして振り返ってみると、知識の面では自分自身の勉強が足りなったと反省だらけです。
けれども、3ヶ月間で脳外科を少しではありますけど触れることができました。学生時代、進路はなんとなく脳外科という程度しか考えていませんでしたが、今はまだ医者としても0.000001人前ですが、いつかは脳外科として1人前になりたいという気持ちをもって脳外科を選択したいと思っています。 拙い文章で、1人前になりたいとかものすごく恥ずかしいことを書いてしまいました。
 今後も厳しいご指導のほどよろしくお願いします。