沿 革
概 要
 本学は、昭和19年4月に設立された大阪市立医学専門学校を母体として発足し、昭和22年7月に大学予科を、昭和23年4月に旧制医科大学を設置しました。さらに昭和30年4月には新制の医科大学が大阪市立大学に編入され同医学部となり、昭和33年には大学院医学研究科を設置して今日に至っています。(→系譜図
 医科大学発足当時、基礎学舎は北区西扇町、臨床学舎は阿倍野区旭町にあったため、教育研究に支障をきたすことが多かったので、附属病院に隣接して基礎学舎を建設することになりました。
 昭和27年5月に北館を、昭和32年12月に西館を、昭和47年学生定員増に伴い、昭和49年3月西館に接続して南館が竣工、さらに昭和59年2月には待望の旧放射性同位元素実験施設・図書館棟が竣工しました。また、旧附属病院東館跡地に新医学部学舎が平成10年3月に完成しました。
 他方、教育・研究面においては、大学院教育と医科学研究の一層の高度化と学際化を図り、平成12年4月に大学院医学研究科の再編を、平成14年4月には大学院医学研究科医科学専攻(修士課程)の設置を行い、高度の医学教育・研究に成果をあげています。さらに、平成16年4月に看護短期大学部が医学部看護学科に再編され、平成17年12月には医薬品・食品効能評価センターが開設されました。
 また、平成18年4月に地方独立行政法人への移行により、開設者が公立大学法人となりました。
 なお附属施設として、附属病院、附属刀根山結核研究所があります。
初代医専校長・初代医大学長 医学部基礎学舎 昭和35年頃 階段教室と実習風景
医専校長
初代医大学長
小幡 亀寿
昭和35年頃の医学部基礎学舎 階段教室(昭27)と実習風景(昭30)
年 表
昭和19年4月 市立医学専門学校設立
市立南市民病院を市立医専附属病院とする
昭和22年7月 大学予科を設置 入学定員40名
昭和23年4月 市立医科大学開設 旧制 入学定員40名
附属病院は市立医科大学附属病院となる
昭和24年4月 大阪市立医科大学厚生学院(3年課程全日制)開設 入学定員20名
昭和26年4月 市立医科大学附属刀根山結核研究所設立
昭和26年10月 市医学会創立
昭和27年4月 市立医科大学設置 新制
昭和27年5月 市立医科大学学舎北館竣工
昭和30年4月 市立医科大学は市立大学に編入、医学部となる 入学定員40名
編入に伴い医学部附属病院、医学部附属厚生学院となる
刀根山結核研究所は、大学の附属研究所に組織変更
昭和31年3月 附属病院北館竣工
看護婦宿舎 第1若草寮竣工
昭和32年12月 医学部学舎西館竣工
昭和33年4月 大学院医学研究科設置
昭和36年2月 附属病院南館(ガンセンター)竣工
昭和36年3月 看護婦宿舎 第2若草寮竣工
昭和38年3月 医学部附属厚生学院の2年課程(定時制)が第2部として併設、以後3年課程は第1部と改称
昭和38年4月 皮膚・泌尿器科講座 分離
医学部 入学定員60名
医学部附属厚生学院進学課程 第2部併設 入学定員30名
昭和42年11月 附属病院東館竣工
昭和43年3月 看護婦宿舎 第3若草寮竣工
昭和43年4月 内科学第3講座・脳神経外科学講座 開設
昭和45年4月 附属病院研修医制度 発足 各年次50名
昭和45年5月 附属病院研究医制度 発足 総定員100名
昭和45年7月 解剖体慰霊碑建立
昭和46年4月 麻酔学講座 開設
昭和46年6月 医学部・附属病院両事務組織統合
昭和47年4月 医学部 入学定員 80名
昭和48年3月 医学部附属厚生学院教室竣工
昭和48年4月 医学部附属厚生学院 入学定員 1部・2部 各50名
昭和49年3月 医学部学舎南館竣工
昭和49年4月 生化学第2講座 開設
昭和49年5月 附属病院内に金塚小学校養護学級開設
昭和49年10月 大阪市立大学みおつくし会(篤志献体者の会)発足
実験動物慰霊碑建立
昭和49年11月 医学部学生総合部室竣工
昭和50年12月 看護婦宿舎 高松寮竣工
昭和51年10月 医学部附属厚生学院が専修学校専門課程として認可される
昭和52年4月 医学部附属厚生学院を名称変更し、医学部附属看護専門学校となる
昭和52年9月 附属病院中央放射線部リニアック棟竣工
昭和52年11月 附属病院中央臨床検査部 コンピュータ導入
昭和52年12月 附属病院中央放射線部リニアック診療開始
昭和53年4月 刀根山結核研究所を大学附属から医学部附属研究所に組織変更
附属病院研修医 定員増 各年次70名
昭和56年4月 医学部附属看護専門学校 入学定員変更 80名(2部募集中止)
昭和58年3月 医学部附属看護専門学校の2年課程(定時制)を廃止
昭和59年2月 放射性同位元素実験施設・附属図書館医学部分館 増築
昭和59年10月 臨床検査研究室が臨床検査医学講座となる
昭和60年7月 附属病院が特定承認保険医療機関として承認される
附属病院にて腎結石破砕装置稼働
昭和61年2月 附属病院にてCCU室(冠疾患集中治療室)稼働
昭和61年4月 衛生学講座が環境衛生学講座となる
昭和61年7月 附属病院にてICU室(集中治療室)稼働
昭和62年3月 附属病院医事業務機械化 開始
昭和62年8月 附属病院にて電磁波温熱療法 開始
昭和63年4月 麻酔学講座が麻酔・集中治療医学講座となる
附属病院にて脊髄誘発電位測定 開始
平成元年3月 動物実験施設竣工
看護婦宿舎(若草寮)・看護専門学校学生寄宿舎(千草寮) 移転
平成2年4月 附属病院に病理部設置
平成2年11月 大阪市立大学医学部内に「看護短期大学部(仮称)設置検討委員会」設置
平成4年4月 分子制御研究部門を設置
平成4年10月 新附属病院竣工
免疫研究部門を設置
平成5年1月 附属病院にて培養細胞による先天性代謝異常診断開始
平成5年4月 附属病院に血液内科、老年科・神経内科、形成外科、総合診療科を新設
附属病院に救急部、集中治療部、冠疾患集中治療部、リハビリテーション部、内視鏡部、人工じん部、輸血部、医療情報部、中央病歴部、中央材料部、薬剤部、栄養部を設置
平成5年5月 新附属病院オープン(本館・北館・南館・東館を順次解体し、現地にて建替)
附属病院研修医 定員増 各年次80名
平成5年6月 附属病院前期・後期研究医制度 発足 前期定員120名 後期定員40名
平成6年11月 看護婦宿舎 西今川寮竣工
医学部創立50周年
平成7年4月 化学研究室が生体調節物質研究部門となる
寄附講座 生体情報解析学開設
平成7年6月 附属病院駐車場完成
平成7年10月 動物実験研究室が動物実験施設となる
平成7年12月 医学情報センターオープン
平成9年2月 特定機能病院として厚生大臣の承認を受ける
平成9年4月 心臓血管外科を新設 21診療科となる
平成9年4月 医療研修センターオープン
平成9年12月 大阪市立大学看護短期大学部設置認可
平成10年3月 医学部新学舎竣工(46,721m2)
平成10年4月 大阪市立大学看護短期大学部開学 入学定員80名
脳・神経系分野、遺伝子制御分野、ウイルス学分野、腫瘍分野、循環器血管分野を設置
生体調節物質研究部門を生体化学分野に名称変更
平成10年7月 附属病院で長期継続頭蓋内脳波測定法開始(高度先進医療)
平成10年10月 寄付研究部門免疫工学研究部門開設
平成11年4月 医学情報・医療経済研究室開設
平成12年3月 看護専門学校閉校
平成12年4月 大学院医学研究科の博士課程の再編
平成13年4月 大学院医学研究科医科学専攻(修士課程)の設置
平成15年11月 大阪市立大学医学部看護学科開設届出
平成16年4月 大阪市立大学医学部看護学科開設
平成17年12月 医薬品・食品効能評価センター開設
平成18年4月 地方独立行政法人への移行により開設者が公立大学法人となる
平成19年5月 附属病院が財団法人日本医療機能評価機構の病院機能評価(Ver.5.0)の認定病院として認定を受ける
関連リンク
特記事項
○平成20年3月現在