A-c ボルデテラBordetella属
学術的分類
Proteobacteria(科)>Betaproteobacteria(綱)>Burkholderiales(目)>Alcaligenaceae(科)
概要
偏性好気性のグラム陰性短桿菌で、最も代表的な菌種は、Bordetella pertussis(百日咳菌)である。
主な菌種
c1. Bordetella pertussis(和名:百日咳菌)
概要
百日咳(pertussis, whooping cough)の原因菌で、BordetとGengouが1906年に初めて分離した。pertussisは激しい咳を表す。継代を繰り返すと無毒化する。PT/FHAを主成分とした無細胞性百日咳ワクチン(acellular pertussis vaccine)は、四種混合(DTaP-IPV)と三種混合(DTaP)ワクチンに加えられている。
細菌学的特徴
好気性グラム陰性短桿菌。非運動性で、莢膜を有する。難培養性(培地としては
Bordet-Gengou培地が最も有名)。ヒトのみを宿主とする。
毒素
- 1) 百日咳毒素(pertussis toxin, PT)
主要病原因子の一つ。A1B5型毒素*。ワクチンの必須抗原。
A:ADPリボース転移酵素、毒素の活性中心、Aプロトマー
B:細胞に結合する領域、Bオリゴマー
Aサブユニットが3量体GTP結合型蛋白質GiのαサブユニットをADP-リボシル化し、G蛋白質共役型受容体(G protein-coupled receptor:GPCR)との相互作用を阻害し、アデニル酸シクラーゼ(AC)の抑制を阻害することで、結果的にACが恒常的に活性化し、cAMPが過剰に生産され、特有の咳を生じる。
*毒素の構成A1B5型は、コレラ毒素と同様であり、Aサブユニットの作用機序も、コレラ毒素とほぼ同様である注。また、B. parapertussis, B. bronchoseptica, B. holmesiiもPTに類似した遺伝子を有しているが、発現はしていない。
注 厳密にはやや異なる。百日咳毒素はアデニル酸シクラーゼを抑制する働きをするGタンパク(Gi) の不活性型をリボシル化し、活性型にならないようにする。一方、コレラ毒素はアデニル酸シクラーゼを活性化させるGタンパク質 (Gs) の活性型をリボシル化し、不活性型に戻れない状態にする。作用機序は異なるが結果的に両者ともアデニル酸シクラーゼを活性化する。
- 繊維状赤血球凝集素(filamentous hemagglutinin, FHA)*
ワクチンの主要抗原の一つである繊維状の高分子(220kDa)蛋白質。宿主細胞への接着因子であるとともに、赤血球凝集作用を持つ。
*B. parapertussis, B. bronchosepticaは、FHAなどの毒素を有する。
- パータクチン(pertactin, PRN)
- 気道上皮細胞毒素(tracheal cytotoxin, TCT)
臨床検査
臨床症状
- 第一期:カタル期*。感冒様症状(鼻汁、鼻閉、咳嗽など)から始まり通常発熱を伴わない。2週間ほど続く。
- 第二期:痙咳期。発作性、痙攣性の咳。短い咳が連続(スタッカート)したのち、吸気時に笛声(whooping)。2〜3週間。
- 第三期:回復期
*カタルは、開放空間への炎症細胞の浸潤を示す。たとえば、肺炎は肺胞腔内への炎症であり、カタル性の炎症と呼ばれる。胃炎や鼻炎、副鼻腔炎などもカタルである。
ワクチン
PT/FHAを主成分とした無細胞性百日咳ワクチン(acellular pertussis vaccine, aP)。四種混合(
DTaP-IPV*。2012年11月に導入)と三種混合(DTaP)に加えられている。
*Dはジフテリア、Tは破傷風、IPV(inactivated polio vaccine)は不活化ポリオワクチンの略である。
治療
マクロライド系薬が用いられる。in vitroではペニシリン系薬も有効であるが、臨床的には無効である。通常、マクロライド系薬で5〜7日治療すると菌は陰性化する。痙咳期では抗菌薬による症状改善効果は乏しいが、菌量を低下させることで周囲への感染を防ぐことができるため、痙咳期でも抗菌薬治療が推奨される。
感染症法
2018年1月より5類全数(従来は5類定点)。
学校保健安全法
第二種感染症。出席停止期間は「特有の咳が消失するまで、または、5日間の適正な抗菌性物質製剤による治療が終了するまで」と定められている。
ADVANCE〜whoopingのメカニズム
百日咳は、pertussisとwhooping coughとの呼び名がある。pertussisとは、前述のごとく、特徴的な連続性の咳である。whoopingは吸気時の「ヒュー」という呼吸音である。前者は咳を主体にした、後者は吸気時の呼吸音を主体にした命名である。百日咳の本質は、咳であり、もう吐ききれないというところまで咳をした後、一気に吸気が起こる。このときに、気道内圧が下がり、中枢部の気管や気管支が狭くなる。特に、乳幼児は気管支軟骨が未発達であり、狭くなりやすい。whoopingは狭くなった気管や気管支を空気が通る時に起こる音である。
ADVANCE〜百日せきワクチン
ワクチンは、副作用の出現により改良され、時々変更されることがある。日本脳炎ワクチンやポリオワクチンが好例である。百日咳も、全粒子ワクチン(whole-cell pertussis vaccine, wP)の時代には、脳障害などの重大な副作用が知られており、死亡例も見られた。その後、無細胞ワクチン(aP)が開発され、副作用は顕著に減少した。重大な副作用は皆無と考えてよい。
無細胞ワクチン(開発者は、精製百日咳ワクチンという名称を使用)は、国立感染症研究所の研究員であった佐藤夫妻が開発し、世界で使用されている
1,2。
- 百日せきワクチン ファクトシート平成29 (2017)年2 月10 日
- 佐藤勇治. 日本で開発された精製百日咳ワクチン(purified pertussis vaccine)の基礎研究,開発過程および導入後の動き. 小児感染免疫. 20(3):347-58, 2008.
ADVANCE〜B. pertussis以外による百日咳
B. pertussisと類似の症状を起こす
Bordetella属として、パラ百日咳菌(
B. parapertussis)と
B. holmesiiも知られている。ただし、届出対象は、
B. pertussisによる百日咳のみとなっている。
c2. Bordetella parapertussis(和名:パラ百日咳菌)
c3. Bordetella bronchiseptica(和名:気管支敗血症菌)
c4. その他のボルデテラ属
B. avium、
B. holmesiiなど
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2020年8月20日開設 2020年8月20日更新