麻疹(Measles)とは
概要
パラミクソウイルス科モルビリウイルス属の麻疹ウイルス(Measles virus)による感染症で、いわゆる「はしか」ある。
ウイルスは、体内に侵入後、鼻咽頭の上皮細胞内で増殖し、ウイルス血症を起こす。免疫系細胞に発現しているSLAMと呼ばれる受容体を用いて感染する。ほとんど不顕性感染はないと考えられており、罹患後は生涯免疫を維持する*。合併症として、麻疹脳炎(measles inclusion body encephalitis , MIBE)、亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis, SSPE)がある。
生後3ヶ月までの乳児は、通常、母体からの移行抗体によって麻疹に罹患しない。多くは、移行抗体が消失する乳児後半から幼児期である。空気感染により伝播する代表的な病原体である。感染力を示す基本再生産数は20程度であり、現在知られている感染症の中で最も高い。隣室で診察している医師が感染した事例もある。
*例外的に罹患後の麻疹再感染疑い事例も報告されている。
- 潜伏期:10〜14 日(7〜21日とする場合もある)
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経過:カタル期(発症約5 日目まで)、発疹期(発症約10 日目まで)、回復期の3 期に分類される。
カタル期が最も感染力が強いが、発熱の1日前からウイルスを排出していると考えられ、また、解熱後数日間はウイルスを排出することが知られており、出席停止の根拠ともなっている。
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カタル期
3〜4 日間、38 ℃前後の発熱とともに鼻汁やくしゃみ、眼脂、咳などのカタル症状をきたし、この時期の気道分泌物や涙液、唾液が最も強力な伝染源となる。カタル期末期の約1 〜 2 日間、解熱するとほぼ同時に口内の頬粘膜、ときに歯肉まで点状の白色のKoplik斑が認められる。
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発疹期
カタル期末期の一時的な解熱の後、発疹の出現やカタル症状の悪化とともに熱の再上昇が認められ、これが3〜4 日間持続する(二峰性発熱)。発疹は耳後や頬部から始まり、体幹から四肢へと拡大する。小さな紅斑は融合拡大して不正型となる。風疹に比べて汚い感じの皮疹である。一部に正常皮膚面が残存するため、網状の外観を呈する。この皮疹部には麻疹ウイルスは検出されない。したがって、皮疹の発症機序として免疫学的な機序が推測される。高熱が持続するため、脱水症状や各種合併症をきたしやすい。
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回復期
発疹期を過ぎると急速に解熱し、皮疹は落屑、色素沈着を残して治癒する。
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検査法
現時点では、イムノクロマト法などの迅速診断法がない。数時間で検査可能な方法として、リアルタイムPCR法があるが、一般検査室でできるレベルの方法ではない。ウイルスを直接検出する方法としては培養が最も確実な方法であるが、一般には行われない。検体としては、咽頭ぬぐいのほか、尿や血液も用いられることがある。病期によってそれぞれ検出率が異なる。迅速性はないが、抗体価測定は確定診断に有用である。
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治療
通常は自然軽快する疾患であり、抗ウイルス薬はない。ただし、合併症として、後述する亜急性硬化性全脳炎を起こすことがある。
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予防
予防として後述するワクチンがある。空気感染するため、感染予防策としては、空気感染予防策(陰圧個室、N95マスク装着)が必要である。
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感染症法および学校保健安全法
感染症法5類全数把握対象疾患で、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。
学校保健安全法では第二種学校伝染病で、出席停止期間は、「解熱した後3 日を経過するまで」と定められている。
また、院内感染対策としては空気感染予防策が必要である。
異型麻疹と修飾麻疹
異型麻疹と修飾麻疹は、名前が類似しているので混同しやすいが、症状が異なっており、発症機序も異なると考えられている。
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異型麻疹(atypical measles)
不活化ワクチンと生ワクチンの併用(KL法*)が実施されていた時期に起こっていた非典型的な麻疹を指す。不活化ワクチン接種2〜4年後に自然麻疹に罹患した際にみられる。4〜7日続く39〜40℃台の発熱、肺炎、肺浸潤と胸水貯溜、発熱2〜3日後に出現する特徴的な非定形発疹(蕁麻疹様、斑丘疹、紫斑、小水疱など、四肢に好発し、ときに四肢末端に浮腫をみる)が主症状で、Koplik斑を認めることは少ない。全身症状は1週間くらいのうちに好転し、発疹は1〜3週で消退する。回復期の麻疹HI抗体価は通常の麻疹に比して著明高値をとる。
*国内の麻疹ワクチンは、1966年から、不活化ワクチン(killed vaccine)と生ワクチン(live vaccine)の併用法(KL法)によって接種が開始された。不活化ワクチンである程度免疫を付与することで、生ワクチンによる副作用(当時の生ワクチンは、発熱、発疹出現率が高かった)を軽減しようと試みた。しかしながら、異型麻疹の発生や生ワクチンによる抗体獲得が得られにくいなどの問題があり、KL法は中止となった。
1 http://idsc.nih.go.jp/vaccine/b-measles.html
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修飾麻疹(modified measles)
不完全な免疫を持った状態で、麻疹ウイルスが感染すると、軽症の不全型麻疹を発症することがある。潜伏期が延長(14〜20日)し、カタル期の症状はあっても軽く、Koplik斑は出現しないことが多い。発疹は急速に出現するが、融合することはない。通常、合併症はなく、経過も短い。
要因としては、@母体由来の移行抗体が残っている乳児や、Aヒトγ-グロブリンを投与された場合、B麻疹ワクチン接種後数年を経過するに従い抗体が低下したために麻疹に罹患する二次ワクチン不全(Secondary vaccine failure , SVF)*がある。
麻疹が流行していた時代には、ワクチン接種後に自然の麻疹に曝露されることで、免疫が高い状態を維持できたが(いわゆるブースター効果)、麻疹罹患率が低下し、ブースター効果が得られなくなったために、ワクチンによる免疫が徐々に低下していることが問題となっている。
2015年3月に、土着のウイルスによる麻疹の発生がなくなり、麻疹排除の宣言がなされたが、2016年8月の持ち込み例では、100人を超える流行が起こった。2016年に流行した株は、判明しているのは主にD8とH1である。明らかに麻疹ワクチンを2回接種しているにもかかわらず発症している例が、10例以上あり、生ワクチンのみでは完全に防御することが難しいことが今回の流行により明らかになった**。
*SVFに対応する用語として、一次ワクチン不全(primary vaccine failure, PVF)がある。PVFは、ワクチンを接種しても、抗体価が十分に上昇せずに罹患する場合を指す。
**米国においては生後12ヶ月〜15ヶ月にMMRワクチンを接種した後、4〜6歳に2回目のMMRワクチンを接種することが推奨されている。2回目の接種を受けていない場合は11〜12歳で2回目を受ける。このスケジュールで麻疹の排除に成功している。100名未満の発症はあるが、発症者はほとんどが輸入例で、以前は日本も麻疹輸出国として問題視されていた。
ワクチン
現行の定期接種では、風疹との混合ワクチン(MRワクチン)を使用する。生ワクチンであるため、免疫不全者や妊婦への使用は禁忌である。
母体由来の麻疹特異IgG抗体があると接種した麻疹ワクチンの増殖が十分でないため、母体由来の抗体がほぼ消失したと考えられる生後1歳以降の児に接種する。
標準的な接種時期としては、1回目が満1歳時(生後12ヶ月から90ヶ月まで接種可能)で、2回目が就学前である。生後6ヶ月以降は母親由来の免疫が減弱するため、麻疹流行期や保育園などで集団生活をしている場合は1歳以前にワクチンを接種することが勧められるが、任意接種となるため有料で実施する。1歳前に接種を受けた場合でも、1歳以降に再接種(この場合は定期接種として実施)をする必要がある。その理由は乳児期後期まで母親からの移行抗体が持続している場合があり、その場合はワクチンウイルスが母親の免疫で中和されてしまうため十分な抗体が産生されない可能性があるためである。
また、γグロブリンを投与された後は、投与後3ヶ月間(川崎病などの治療で大量療法を受けた場合は6ヶ月間)はワクチン接種を行わない。
ワクチンの歴史
1966年から、前述のKL法によって接種が開始されたが、1969年以降は高度弱毒生ワクチン(further attenuated live vaccine, FL)の単独接種に切り替えられた。麻疹の定期接種に先立ち、1977年に風疹ワクチンが中学生女子を対象として定期接種化され、1978年10月から麻疹ワクチンの定期接種が開始された。1981年にムンプスワクチンの任意接種も開始された。1989年に、麻疹-ムンプス-風疹(measles-mumps-rubella, MMR)混合ワクチンが導入され、1989年から1993年4月までは、MMRも選択可能となった。しかしながら、ムンプスワクチンによる無菌性髄膜炎が問題となり、国内でのMMRワクチンの接種は中止となった。
風疹ワクチンについては、1994年に、風疹未罹患の中学生男女への接種が2003年9月までの経過措置として実施された。2006年4月からは、麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)が定期接種となった。
以上の理由から、麻疹ワクチンや風疹ワクチンを1回しか接種していない世代もあり、複雑になっている。
http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/QA-3.html
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)
患者数は全国で150人程度、年間の新たな発症者数は5〜10例とされている。極めてまれな疾患であるが、予後は極めて不良で、診断確定後数年で機能廃絶あるいは死に至る。難病に指定されている。
麻疹罹患によってSSPEが発症する場合、1歳未満に麻疹に罹患した場合や免疫機能が低下している状態(ステロイドホルモン、免疫抑制剤、抗がん剤などを長期に使用しているような状態)で麻疹に罹患した場合の発症が多い。男女比はおよそ2:1で男児に多く、好発年齢は学童期で、全体の80%を占める。
欧米諸国では麻疹ワクチンの普及により殆ど見られない。このことから、発症の予防には、麻疹に罹らないこと、すなわち麻疹ワクチン接種が最も重要である。日本の麻疹ワクチン接種率は欧米に比べて低いことが課題となっている。
初発症状としては、学校の成績低下、記憶力の低下、いつもと違った行動、感情不安定といった精神的な症状や、歩行が下手になった、もっているものを落とす、字が下手になった、体ががくんとなる発作(失立発作)などの運動性の症状などで気がつかれることが多い。
通常、4つのステージに分けられ、第I期は軽度の知的障害、性格変化、脱力発作、歩行異常など、第II期は、四肢が周期的にびくびくと動く不随意運動(ミオクローヌス)が見られる。知的障害も次第に進行し、歩行障害など運動障害も著明となる。第III期では、知能、運動の障害はさらに進行し、歩行は不可能となり、食事の摂取もできなくなる。ミオクローヌスも強くなり、体温の不規則な上昇、唾液分泌の亢進、発汗異常などの自律神経の症状が見られるようになる。また、四肢の筋肉の緊張の亢進が見られるようになる。
第IV期では意識は消失し、全身の筋肉の緊張は著明に亢進し、ミオクローヌスも消失し、自発運動もなくなる。
全経過は通常数年であるが、3〜4ヶ月でIV期にいたる急性型が約10%、数年以上の経過を示す慢性型が約10%程度である。
最近の治療により、改善を示す例、進行が遅くなる例、進行が止まるような例が見られるようになっている。早期に確定診断し、治療を開始することが予後の改善につながる可能性がある。
SSPEの治療
完全な治療法は確立されていないが、以下の治療法が知られる。
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イノシンプラノベクス(イソプリノシン)
イノシンプラノベクスは抗ウイルス作用と免疫賦活作用を合わせ持つ薬剤で、SSPE患者の生存期間の延長が期待される。本剤はイノシンから尿酸に代謝されるため、血中及び尿中の尿酸値の上昇が見られることがある。その他の副作用としては肝機能異常などがみられる。
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インターフェロン
インターフェロンはウイルス増殖阻害作用を持つ生物学的製剤である。イノシンプラノベクスとの併用により、有効であったとする報告が多くみられる。髄腔内あるいは脳室内に投与する。副作用としては、発熱がほぼ全例でみられる。
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リバビリン脳室内投与療法
リバビリンは、C型肝炎などのRNAウイルスに対しては優れた抗ウイルス効果を有する核酸アナログである。SSPEに対しても、II期で治療開始された場合には、臨床的有効性が報告されている。
1 亜急性硬化性全脳炎(SSPE)診療ガイドライン
更新情報
2021年9月10日 作成