21世紀における感染症の脅威と制圧戦略

第2回 感染症の成立機序:感染病原体と宿主の戦争

小林 和夫

大阪市立大学大学院医学研究科感染防御学分野 教授
http://www.med.osaka-cu.ac.jp/hostdefense


目    次

は じ め に

病原体感染と発病

感染病原体の宿主内生存戦略

宿主応答:炎症と免疫

感染症の治療介入


は じ め に

 病原体感染における病態形成は、感染病原体および宿主因子の関与する感染病原体―宿主関係を介して成立し、感染病原体と宿主の壮絶な生存戦争を反映しています。すなわち、宿主は病原体感染に対し、1)病変形成(発病)2)感染防御を表現します。多くの場合、この表現は、絶対的なものでなく、むしろ、相対的、かつ、連続的なものであり、種々の程度に1)感染防御と2)病変形成(発病)を混在して、発現することが考えられます。さらに、病原体は感染成立や宿主組織障害を種々の機構で招来します。すなわち、1)病原体が宿主に接触、侵入することにより宿主細胞傷害を招き、2)病原体が組織傷害性内毒素、外毒素や酵素を産生・分泌することにより、細胞死、組織傷害、あるいは血管を傷害し、3)本来、病原体に向けられた宿主防御応答が宿主に化膿/膿瘍、乾酪壊死、空洞形成、線維化、瘢痕形成や過敏反応を惹起し、組織を傷害します。このことは宿主防御応答が病原体感染に打ち勝つために必要な反応であると同時に自己組織傷害も惹起し、宿主応答が“諸刃の剣”であることを示しています(図1)。

図1 病変形成と感染防御の二面性



病原体感染と発病

 病原体に感染しても必ずしも、発病(感染症)するとは限りません。すなわち、「感染」と「感染症:発病」は異なり、発病は宿主と感染病原体の相対的力関係に依存します。例えば、健常者では弱毒性病原体が感染しても、不顕性感染(無症状/無発病)で終息します。逆に、後天性免疫不全症候群では、宿主防御が極度に低下しているため、健常者に病原性を発揮しない病原体(カリニ肺炎)に感染しても発病します。

       病原体数 X 毒力(病原性)

発 病 = ------------------------

    宿 主 防 御

 健常者に病原体感染が生じた場合の発病危険性を表1に示しました。この場合、防御に不全がないこと、病原体数および毒力が一定であることを前提とした発病危険率を表1に示します。比較的低率な感染症として、カリニ肺炎、ポリオ、結核などは、高率な感染症として、インフルエンザ、百日咳、腸チフス、マラリア、炭疽、淋菌感染症、麻疹や狂犬病などが知られています。


表1 病原体感染と発症/発病

感 染 症

発症/発病率(%)

カリニ肺炎

<0.1

ポリオ(小児麻痺)

0.1-1.0

結   核

10

インフルエンザ

60

百 日 咳
腸 チ フ ス
マ ラ リ ア
炭   疽

>90

淋菌感染症
麻疹(はしか)
狂 犬 病

≧99



感染病原体の宿主内生存戦略

 感染病原体の運命は宿主に侵入後、基本的に1)増殖、そして、病原性を発揮(発病)、2)宿主防御機構により制圧に帰結します。感染病原体としては、宿主内で生存・増殖様式として、宿主細胞外、宿主細胞内寄生病原体群に大別されます(表2)。宿主細胞内、あるいは、細胞外寄生様式により、対抗する宿主防御応答(動員細胞、効果機能分子、免疫応答および炎症病型)が異なります。

表2 細胞外および細胞内寄生性感染病原体と宿主防御応答

寄生様式

細 胞 外 寄 生 性

細 胞 内 寄 生 性

感染病原体

一般的なグラム陽性および陰性菌

結核菌/抗酸菌、サルモネラ、

リステリア、クラミジア

動員細胞

多核白血球/好中球

マクロファージ/単球

免疫応答

液性免疫:抗体/免疫グロブリン、補体

細胞性免疫:マクロファージ、T細胞

炎症病型

急性炎症

慢性炎症


宿主応答:炎症と免疫

 感染症の臨床症状は炎症病態に集約しています。炎症は「発赤」、「腫脹」、「疼痛」、「熱感:発熱」の4徴候、加えて、「機能障害」から構成されます。現代医学はこれらの徴候を分子医学的に解明しています(表3)。炎症の機能分子として重要なものは外来炎症惹起物質(例:感染病原体)と内因性炎症惹起物質(炎症性サイトカイン、白血球走化性サイトカイン:ケモカイン、補体、接着分子、脂質因子、アラキドン酸産物:プロスタグランデイン、ロイコトリエン、蛋白分解酵素など)であり、さらに、動員細胞の参加により、炎症は戦場を反映します。炎症応答は宿主防御的ですが、外来性炎症物質を排除するため、ある程度の自己犠牲(組織破壊、空洞形成、線維化、臓器機能障害など)を払う場合があり、特に、慢性炎症では顕著です。

表3 炎症病態と機能分子

病     態

病 態 に 関 与 す る 機 能 分 子
発  赤:血管拡張 プロスタグランデイン、反応性窒素化合物

腫  脹:血管透過性亢進                 

     炎症細胞集積/活性化

血管作働性アミン、補体、ブラデイキニン、ロイコトリエン、血小板活性化因子

補体、ロイコトリエン、ケモカイン、病原体由来物質

発  熱 プロスタグランデイン、サイトカイン
疼  痛 プロスタグランデイン、ブラデイキニン
機能障害:組織障害/破壊 ライソソーム酵素(タンパク分解酵素など)、反応性酸素 化合物、反応性窒素化合物、病原体由来物質

 宿主感染防御は免疫(元来の意味は「疫:疾病を免れる」)に依存しています。免疫は「自然免疫」「獲得免疫」から成立し、免疫系の基本的役割は自己認識機構、すなわち、自己以外は非自己であること認識する機構です(表4)。自己は自己の体成分、他方、非自己は侵入物(感染病原体、化学物質、花粉、家塵、移植臓器片など)です。従って、免疫応答は自己、さらに、非自己に表現されます。自己に表現された典型は自己免疫疾患、感染病原体(非自己)に対して表現された場合、種々の程度の防御を示すことになります。「自然免疫」「獲得免疫」の構成要素や機能を集約しました(表4)。「自然免疫」の特徴として、非特異的、記憶がない(反復感染による防御は不変)、さらに、自己認識機構の中枢であるT細胞を欠如などです。一方、「獲得免疫」は記憶を保持、抗原特異的、その機能分子として、抗体が存在します。「獲得免疫」の有効利用として、ワクチンにより、感染病原体特異的免疫応答が誘導され、感染防御が発現します。

表4 自然免疫と獲得免疫

自 然 免 疫

獲 得 免 疫
主要構成要素

可溶性因子

ライソザイム、補体、急性期蛋白、

インターフェロン

抗体

細   胞

食細胞(好中球、マクロファージ、NK細胞)

T細胞、B細胞
微生物感染応答

初 感 染

再 感 染

+++

特   徴

病原体に非特異的、記憶なし

宿主防御は反復感染により増幅されない

特異的、記憶あり

宿主防御は反復感染により増幅される

 免疫系を構成する主要な細胞群として、異物を貪食する食細胞(マクロファ-ジ)T細胞(胸腺で成熟・分化したリンパ球、T:thymus、胸腺)およびB細胞(成熟・分化し、抗体を産生するリンパ球、B:bursa of Fabricius、鳥類のファブリキウス嚢に由来)から構成されています。抗体(免疫グロブリン)は特異抗原を認識する蛋白であり、液性免疫応答の中核です。これらの細胞群は細胞ム細胞や細胞間情報伝達物質(サイトカインなど)により、ネットワ-クを構成し、免疫応答を発現しています(図2)。

図2 免疫担当細胞と機能分子 

 感染病原体が宿主に侵入し、感染病原体―宿主関係により、宿主応答:1)感染防御2)病変形成(発病)が誘導されます。宿主応答は、感染病原体の性質により、1)細胞性免疫と2)液性免疫に大別されます。この応答系は抗原提示細胞(マクロファ-ジなど)ムサイトカインム補助型T(Th)細胞から構成され、その指揮者はT細胞、特に、補助型T(Th)細胞です。感染の初期において、感染病原体と抗原提示細胞の相互作用により産生されたサイトカイン(インタ-ロイキン12:IL-12)が未分化Th(Th0)細胞をTh1細胞に分化・誘導し、Th1細胞はIL-2やインタ-フェロン(IFN)-gを産生し、細胞性免疫を発現します。要約しますと、Th1細胞の分化・誘導は細胞性免疫の鍵となります。細胞性免疫は細胞内寄生病原体感染における宿主防御を担当しています。他方、IL-4はTh2細胞を分化・誘導し、Th2細胞はB細胞活性化サイトカインを産生し、B細胞の分化・成熟を促進し、最終的に抗体を効果分子とする液性免疫を誘導します。液性免疫は細胞外寄生病原体感染における宿主防御を担当しています(図3)。

図3 病原体感染と宿主防御免疫応答


感染症と治療介入

 感染症制圧対策は1)教育・環境・行政など社会基盤整備、2)抗微生物化学療法、3)免疫介入療法、4)併用療法(抗微生物化学および免疫介入療法)により、推進されています(図4)。しかし、感染症対策の基本は予防であり、予防における最も効果的、かつ、科学的戦略は宿主を標的、かつ、有効活用した免疫介入(宿主防御強化)療法:予防接種/ワクチンであることは過去、現在、将来共に不変です。事実、人類が根絶した唯一の疾患は痘瘡/天然痘であり、その勝利の要因はワクチンですし、ワクチン戦略はポリオ(小児麻痺)の制圧(根絶:2005年予定)にも貢献しています。現代における感染症の基本的制圧戦略は感染病原体を治療標的とした抗微生物化学療法(ペニシリンなど)ですが、欠点として、1)宿主への副作用(肝腎障害、造血障害など)、2)抗微生物薬耐性病原体の出現や3)環境汚染など、すなわち、抗微生物化学療法に際し、宿主―感染病原体―抗微生物薬関係を理解することが必要です(図5)。

図4 感染症制圧戦略

図5 宿主―感染病原体―抗微生物薬関係

 抗微生物化学療法と免疫介入(宿主防御強化)療法の比較を表5に示しましたが、互いの功罪を理解することにより、相補的に活用し、感染症制圧の武器として、使用することが望まれます。

表5 抗微生物化学療法と免疫介入療法(ワクチンなど)の比較

抗微生物化学療法

免疫介入療法

病原体特異性

高い

獲得免疫のため、極めて高い

宿主に対する毒性(副作用)

潜在的に高い

低い

効 果 期 間

短い

長い

治 療 期 間

長い

短い、場合によって追加接種

有効な感染症

高:細菌

中-低:寄生虫、真菌、ウイルス

高:ウイルス

中-低:細菌、真菌、寄生虫

 現代社会における感染症の脅威は人類に甚大な健康被害を提供しています。21世紀においても、新興・再興感染症が人類にさらなる挑戦をし続けることでしょう。ヒトや感染病原体の生命設計図(ゲノム)が解明され、さらに、機能ゲノム学が発展することにより、疾患感受性や病原性の理解、新規診断方法、治療方法やワクチンなどの予防戦略が開発され、より良い感染症制圧戦略が構築されることが期待されます(http://www.journals.uchicago.edu/CID/journal/issues/v32n5/001539/001539.html)。