はじめに
末梢血血小板数の正常上限は40万/μl以下であり、40万/μl以上になると血小板増
加症と呼ばれます。一般的には60万/μl以上になると病的であるとされます。その原因 は本態性血小板増多症を含む骨髄増殖性疾患、骨髄異形成症候群、家族性血小板増 多症、そして下記に示す2次性血小板増加症に分けることができます。
2次性血小板増加症の原因
(1)運動
(2)分娩
(3)薬剤(エピネフィリン、サイトカインなど)
(4)急性出血や溶血後に起こる急性血液再生
(5)血小板減少症からの回復(リバウンド)
(6)摘脾後あるいは無脾症
(7)鉄欠乏性貧血
(4)急性炎症・感染症(細菌性・真菌性・結核性)
(5)慢性炎症
(a)慢性リウマチ・結節性動脈周囲炎・結合組織疾患
(b)炎症性腸疾患
(c)慢性肺疾患
(4)悪性腫瘍
本態性血小板血症は多能性造血幹細胞に由来するクローナルな疾患であり、WHO分
類では慢性骨髄増殖性疾患に分類されます。同分類に属する慢性骨髄性白血病とは異 なり、フィラデルフィア染色体などの細胞遺伝子学的マーカーは有していないため、WHO 分類(表1)における診断基準では(1)60万/μl以上の持続する血小板増加、(2)骨髄の 巨大成熟巨核球の増加以外はすべて除外診断となります。骨髄線維症や真性多血症 への相互移行も経過中に認められることがあり、疾患概念が明らかにされているとは言 えません。
真性多血症の項で記載したように骨髄増殖性疾患の共通する異常としてJAK2(エリス
ロポイエチンなどサイトカインの細胞内シグナル伝達の中心的役割を果たすチロシンキ ナーゼです)を構成するアミノ酸の変異(617番目のバリンがフェニルアラニンに変異 JAK2V617F変異)が報告されています。真性多血症では90%程度と高率の異常が見ら れ、本態性血小板血症では23-57%に報告されております(Ref 1,Ref 2,Ref 3,Ref 4, Ref 5)。このJAK2V617F陽性本態性血小板血症と陰性本態性血小板血症を長期間経 過観察すると陽性群の方が真性多血症に移行しやすいものの骨髄線維症、急性骨髄性 白血病/骨髄異形成症候群への移行は有意な差がないことが報告されています(Ref 6)。
臨床所見
本態性血小板血症の発症率は年間10万に対して2.5人と報告されております。発症平
均年齢は50-60歳であり、60歳代、また30歳代(主として女性)にピークがあります。
臨床症状はほとんどの症例が無症状であり、症例の40%に脾腫を認めますが、慢性
骨髄性白血病や骨髄線維症症例のような巨脾を呈することは稀です。
20-50%の症例に血管運動症状と呼ばれる症状(頭痛・湿疹・めまい・耳鳴・視覚異
常)が見られますが、その機序は明らかではありません(微小循環不全の可能性が高 い)。次に多い症状としては血栓症状ならびに出血症状です。一般的には血栓症状が出 血症状よりも多く、また静脈血栓よりも動脈血栓が多く、心筋梗塞あるいは多血症の項 で述べた四肢末端虚血による肢端紅痛症が見られます。本態性血小板血症の生命予 後はこの血栓症の発症によって規定されます(Ref 7)。
検査所見
血小板数は多くの症例で100万/μl以上を呈します。末梢血中に巨核球やその破片、
巨大血小板が認められることもあります。赤血球数、ヘモグロビン値、ヘマトクリット値は 正常、白血球数は軽度の増加を示す場合があります。
生化学検査では細胞増殖が盛んで代謝も亢進されるためLDH値、尿酸値の高値が見
られます。生化学検査のため血清分離する際、血液凝固に伴い著明な数の血小板から 流出するカリウムによって高カリウム血症が認められることがあります(偽性高カリウム 血症と呼ばれ、実際の血漿カリウム値は正常値です)。
骨髄検査では細胞数は正形成性〜過形成性まで様々ですが巨核球は著明に増加し、
集簇を成している箇所も見られます。骨髄線維化、顆粒球系、赤芽球系に形態異常は 認められません。染色体検査では5-10%に染色体異常を認めることが報告されていま すが、本態性血小板血症に特異的な染色体異常は同定されていません。
本態性血小板血症では血小板、巨核球に存在するトロンボポエチン受容体の発現が
低下しているためにトロンボポエチンが消費されないため、血小板を増加させるサイトカ インであるトロンボポエチンの血中濃度は正常〜増加しております(Ref 8,Ref 9)。
予後
本態性血小板血症の合併症は血栓症および出血症状であり、予後を左右します。年
齢、性別を一致させたコントロール群との比較では本態性血小板血症における血栓症 のリスクはコントロール群の約5倍であり、予後因子としては(1)血栓症の既往、(2)年齢 60歳以上、(3)心血管系の危険因子(高血圧、高脂血症、糖尿病、喫煙、うっ血性心不 全)と報告されています(Ref 10)。出血の危険因子としては血小板150万/μl以上が挙 げられます。従って本態性血小板血症の治療目標としては血栓症を予防し、急性白血 病への移行を低く抑えることにあります。
血栓症のリスク分類は米国血液学会で提唱された分類が主として使用されます。
心不全
*血小板数>150万/μlは出血のリスク因子となる
(1) 低リスク群:60歳以下で出血や血栓症の既往のない血栓症のリスクの低い症例で
は年齢・性別を一致させた臨床研究において血栓症の頻度に有意な差は認めなかった と報告されております。従って自覚症状(血管運動症状)を有する症例では少量アスピリ ン療法、自覚症状の認めない症例では無治療経過観察が勧められています(低リスクグ ループでは少量アスピリン療法の有効性は証明されていません(Ref 11))。
(2) 高リスク群:ハイドロキシウレアを使用することにより明らかに血栓症発症頻度が減
少することが報告されておりアスピリンとの併用療法が推奨されています(本態性血小 板血症114例、年齢中央値68歳、観察期間中央値27ヶ月、血小板数中央値78.8万にお いて血栓症発症頻度はハイドロキシウレア投与群で1.6%/年、非投与群で10.7%と報告 (Ref 12))。
(3) 中間リスク群:治療指針は決定されておらず心血管系の危険因子を減らす治療を
行い、ハイドロキシウレアの投与は症例毎に考慮します。
これらのいずれのグループにおいて血小板数が150万以上になると出血の危険性(あ
るいは血栓)が高まるため、ハイドロキシウレアの投与を検討しなければなりません。
本態性血小板血症は長期的自然経過で一部は真性多血症、骨髄線維症、急性骨髄
性白血病に移行します。本態性血小板血症195例の解析では13例(6.7%)が骨髄線維 症に移行(観察中央値は7.2年)、5年、10年、15年での予想値はそれぞれ2.7%、8. 3%、15.3%、急性骨髄性白血病への移行は1例(0.5%)と報告されております(Ref 13)。2005年に本態性血小板血症806例の追跡調査の結果が報告されました。骨髄線 維症への移行は20例(2.5%)、真性多血症への移行6例(0.7%)および急性骨髄性白 血病/骨髄異形成症候群への移行7例(0.9%)が認められています(Ref 14)。現在、欧 米では後述するアナグレライドが高リスク本態性血小板増加症の第一選択剤として使用 されていますが、本邦では発売されておらず(現在、治験中)ハイドロキシウレアが第一 選択薬として使用されており、ハイドロキシウレアの白血病移行率が問題となります。 Sterkersらの報告では観察期間中央値98ヶ月においてハイドロキシウレア単剤201例中 7例(3.5%)、ハイドロキシウレアと他剤との併用により50例中7例(14.0%)に急性骨髄性 白血病/骨髄異形成症候群への移行を認めたことを報告しております(Ref 15)。Chim らの231例を対象とした報告ではハイドロキシウレア投与での急性骨髄性白血病/骨髄 異形成症候群への移行は5例(2.2%)、単独投与例では3例(1.3%)となっております (Ref 16)。一方、Harrisonらが行ったアナグレライド(後述)とハイドロキシウレアとの比 較試験では急性骨髄性白血病への移行率はアナグレライドでは405例中4例(0.99%) (但し、アナグレライド群にハイドロキシウレア投与歴のある症例が含まれます)、ハイド ロキシウレアでは404例中6例(1.5%)と有意差は認められておりません(Ref 17)。また Gangatらが605例の本態性血小板血症を追跡、平均84ヶ月の追跡期間で20例(3.3%) に認められたことを報告しました(Ref 18)。2次性白血病はこの内4名であり、ハイドレア を含め、抗癌剤の使用は独立した危険因子にはなっておりません。従ってハイドロキシ ウレアの急性骨髄性白血病/骨髄異形成症候群への移行促進作用は否定はできないも のの(特にハイドロキシウレアとアルキル化剤併用により移行率が増加するため、注意 を要します)決して高いものではないと考えられます。
しかしながら血小板機能抑制だけでは完全に血栓症を回避できないため高リスク症例
に対しては血小板数を抑制する必要があります。急性骨髄性白血病/骨髄異形成症候 群への移行を促進する作用のない薬剤としてアナグレライドが欧米では処方されており ます。アナグレライドはキナゾリン誘導体であり、ヒトに対しては血小板凝集阻害や巨核 球の成熟段階に作用し血小板産生を低下させる働きを有します。副作用としては頭痛、 嘔気・嘔吐、腹痛、浮腫、動悸などが認められます。Harrisonらが報告した低用量アスピ リン併用のもとに施行されたアナグレライドとハイドロキシウレアとの比較試験では、ア ナグレライド投与群で動脈血栓症、重症出血性疾患(消化管出血)の頻度が高く、ハイド ロキシウレア群で静脈血栓症の頻度が高く、生存率に有意差が認められませんでした (Ref 17)。前述したように急性骨髄性白血病/骨髄異形成症候群への移行率に差は認 められなかったものの骨髄線維症への移行率はアナグレライド群(4.0%)に多いことが 報告されましたが、アナグレライド群に前治療としてハイドロキシウレアを始めとする骨 髄抑制剤を投与した症例が含まれていました。Fruchtmanらはアナグレライド投与によ り本態性血小板血症2251例中47例(2.1%)、真性多血症462例中13例(2.8%)に白血 病への移行が認められたことを報告しましたが、骨髄抑制剤投与歴のないアナグレライ ド投与群では白血病の発症は見られておらず(Ref 18)、今後、長期的観察が必要です が、期待が持てる薬剤と考えられます。
2008年2月26日初稿
2008年10月29日追加
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