胃に発生する悪性リンパ腫はそのほとんどが非ホジキンリンパ腫であり、B細胞由来
のmucosa associated lymphoid tissue lymphoma(MALT)リンパ腫とdiffuse large B- cell lymphoma(DLBCL)が95%以上を占め、T細胞リンパ腫は稀です。
形態分類
MALTリンパ腫は粘膜や腺に付随してみられるリンパ組織を発生母地として生じるB細
胞系の低悪性度リンパ腫です。MALTリンパ腫の発症部位としては消化管、扁桃、肺、 甲状腺および唾液腺など代表的です。全悪性リンパ腫に占める比率は7-8%、発症年 齢中央値は51歳、女性にやや多く認められます。消化管が最も多く(50%)、そのうち 85%が胃に集中しております。次いで、肺、唾液腺を中心とした頭頸部、眼付属器、皮 膚、甲状腺、乳腺、稀ですが膀胱、腎臓、胸腺などが挙げられます。
胃MALTリンパ腫の形態学的分類としては佐野の分類があり、表層型、隆起型、潰瘍
型、決潰型、巨大雛襞型と5つに分類されますが、症例によっては複数の病変が見られ ることがあります。
病期
通常の悪性リンパ腫ではAnn Arbor分類が用いられますが、消化管悪性リンパ腫に対
してはLugano国際会議分類が用いられます(病期IIIがありません)。
Lugano分類(Ref)
病理
(1)MALTリンパ腫
胃MALTリンパ腫はWHO分類においてextranodal marginal zone B-cell lymphoma
of MALTに分類されます。組織学的に低悪性度成分を主体とするものをMALTリンパ腫 とし、高悪性度成分を含むMALTリンパ腫はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(diffuse large cell B-cell lymphoma、DLBCL)と分類されます。組織学的には小〜中型、核にく びれがある腫瘍細胞(centrocyte-like cell)が粘膜〜粘膜下層内に浸潤し、粘膜上皮 腺管を破壊性に浸潤する像(lymphoepithelial lesion)が特徴的です。その形態的診断 はWotherspoonの診断基準が用いられます(Ref)。
診断には免疫染色、遺伝子検査を合わせて行います。腫瘍細胞の表面抗原分析ではB
細胞マーカー(CD20、CD21、CD79a)が陽性となりますが、MALTリンパ腫に特異的なマ ーカーはありません(CD5、CD10、cyclinD1は陰性)。MALTリンパ腫はHelicobacter pylori菌(H.pylori)感染に伴う慢性胃炎が原因となることが報告されております。その成 因としてはH. pyloriの持続感染により、慢性的炎症刺激が胃粘膜に加わり、胃粘膜内 のT細胞がサイトカインを産生、それによってB細胞を増殖させている可能性が報告され ています。
MALTリンパ腫における染色体異常としてはtrisomy 3(Ref)、t(11;18)(q21;q21)
(Ref)、t(1;14)(p22;q32)(Ref)、t(1;2)(p22;p12)が報告されています。特にtrisomy 3は 胃のみならず甲状腺、唾液腺などに発症するMALTリンパ腫にも認められ(全体として 60%程度に検出されます)、その発症機序の一因を担っているものと考えられていま す。t(11;18)(q21;q21)は第11番染色体q21に存在するアポトーシス抑制遺伝子API2 (apoptosis inhibitor protein 2)と第18番染色体q21に存在するMLT(MALT lymphoma associated translocation gene)が融合遺伝子を形成することによって腫瘍性増殖がも たらされます。この染色体異常はH. pylori陰性MALTリンパ腫やH. pylori除菌療法無効 例、stage IIE・IVの進行例に高率に認められます。
(2)DLBCL
DLBCLには高悪性度MALTリンパ腫とされていた群(大細胞が混在するタイプ)、MALT
リンパ腫から転換したDLBCLおよび新規に発生したDLBCLが含まれます。MALTリンパ 腫に比較すると進達度が深く、漿膜を越えて隣接臓器に浸潤を起こしやすいタイプで す。
(3)胃原発T細胞リンパ腫
組織学的には多形型、大細胞型が多く、WHO分類では末梢性T細胞リンパ腫、分類不
能型(peripheral T-cell lymphoma(PTCL)、unspecified)に分類されます。腫瘍細胞 表面抗原、特にCD4、CD8発現については一定したものはありません。しかし成人T細胞 白血病ウイルスが原因となる胃原発T細胞リンパ腫についてはCD4陽性、CD8陰性とな ります。
治療法・治療成績
(1) MALTリンパ腫
本邦では従来、胃悪性リンパ腫に対しては外科的手術が選択され、所属リンパ節浸潤
があった場合には化学療法を追加しておりました。しかしながらMALTリンパ腫に対する H. pylori除菌療法の効果が判明し、また胃全摘による"生活の質"の低下から、現在で はstage I〜II-1の胃MALTリンパ腫に対してはH. pylori除菌療法を行い、腫瘍残存や 増悪を認める症例に対しては2次治療として放射線療法を追加、2次治療無効例に対し て外科的手術をサルベージ療法として行うことが勧められております。
1. H. pylori除菌療法(MALTリンパ腫)
MALTリンパ腫のうちH.pylori陽性症例には除菌療法(プロトンポンプ阻害薬+アンピ
シリン+クラリスロマイシン)が第一選択となり、このその奏効率は70-80%です。除菌 不応、除菌後再燃、増悪、DLBCLへの転換例では他治療法が必要となります。
2. 手術療法
リンパ腫の場合には病変の広がりを判断するのが困難で、また多発病巣も見られるた
め、胃癌とは異なり、胃全摘出術が基本となります。20%以上の症例でリンパ節への浸 潤が認められており、2群リンパ節郭清を含む胃全摘出術が胃リンパ腫に対する標準的 手術療法と考えられます。手術療法のみでの5年生存率は70%前後と報告されています が、前述したように現在では手術療法は胃MALTリンパ腫の第一適応とは言えません。
3. 放射線療法
胃とその周囲のリンパ節に対して30-40Gy単独照射が行われます。MALTリンパ腫75例
に対する放射線療法の前向き研究では5年無再発生存率はそれぞれ78.8%、87.4%と 外科的切除術に匹敵する良好な結果が得られています。治療期間中に軽度の悪心程 度であり、血液内科医が放射線療法の有害事象として最もリスクとして考えているのが 胃穿孔ですが、非常に稀な合併症とされております。
4. 化学療法
MALTリンパ腫を含めた進行期低悪性度リンパ腫は化学療法での治癒は困難と考え
られていましたが、リツキシマブの登場により、その成績、特にシクロフォスファミド、アド リマイシン、ビンクリスチンおよびプレドニンとの併用療法(R-CHOP療法)の長期予後 成績が待たれるところです。またクラドルビン、フルダラビン、ibritumomab tiuxetan(放 射線化学療法剤)も市販されており、今後、症例の集積が必要です。
(2)DLBCL
本邦ではMALTリンパ腫と同様に手術療法と術後化学療法の併用治療によって良好な
成績が得られていますが、やはり手術後の"生活の質"の低下が問題となります。欧米 の検討では高悪性度リンパ腫に対して、I期はCHOP3コース+放射線療法(extended field)40Gy、II期に対してはCHOP6コース+放射線療法(involved field)40Gyで治療、 切除群と生存率に有意差が認められなかったことが報告されております。
進行期には自家末梢血幹細胞移植を含む、より強力な化学療法の導入が必要である
ものと考えられます。
(3)胃原発T細胞リンパ腫
手術療法+化学療法で長期生存例も報告されていますが、化学療法+放射線療法との
比較した臨床研究が必要であるものと考えられます。
平成20年11月10日初稿
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