はじめに
特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura、ITP)は原因不
明の後天性血小板減少症として定義された疾患であり、本邦では難治性疾患として認定 されています。現在ではその病態が解明されてきており、自己血小板に対する抗体が産 生され(抗血小板抗体)、この抗血小板抗体と結合した血小板が網内系(特に脾臓)の 食細胞であるマクロファージに捕捉・貪食されるのが主たる血小板破壊とされておりま す。
診断
臨床症状
血小板減少に伴う出血傾向が認められます。出血症状は紫斑(点状出血および線状
出血)が主。歯肉出血、鼻出血、下血、血尿、月経過多なども見られます。出血症状とし て自覚はなく、健康診断などで血小板減少を指摘され、受診する場合もあります。
検査所見
1.末梢血
a)血小板減少:10万/μl 以下。時に抗凝固剤EDTAによって血小板減少が認められる
偽性血小板減少症(見かけ上の血小板減少症)が見られる場合があります。出血症状 がなく血小板減少のみで受診された症例の場合には抗凝固剤としてEDTAだけではなく ヘパリン、クエン酸を加えたもので血小板数を測定あるいは末梢血標本で血小板凝集 がないかどうか確認します。
b)赤血球および白血球数は数、形態ともに正常です。時に失血性の鉄欠乏性貧血を伴
う場合があります(女性の場合には過多月経による鉄欠乏性貧血を合併している場合 があります)。
c)血小板破壊が生じるために血小板寿命は短縮します。
2.骨髄
骨髄穿刺・生検は血小板減少を伴う疾患群との鑑別に有用です。
a)末梢における血小板破壊に伴い、骨髄では骨髄巨核数は増加(ないし正常)します。
b)赤芽球および顆粒球の両系統は数、形態ともに正常です。
c)血小板結合性免疫グロブリン (platelet associated immunoglobulin G、PAIgG)増加
血小板上に結合する非特異的免疫グロブリンが増加します。ITPに特異的な所見ではな
く自己免疫疾患で増加するため、PAIgG増加のみでITPの診断はできません。
3.血小板減少をきたし得る各種疾患を否定
薬物または放射線障害、再生不良性貧血、骨髄異形成症候群、発作性夜間血色素尿
症、全身性エリテマトーデス、白血病、悪性リンパ腫、骨髄癌転移、播種性血管内凝固 症候群、血栓性血小板減少性紫斑病、脾機能亢進症、巨赤芽球性貧血、敗血症、結核 症、サルコイドーシス、血管腫などがある。特に小児のウイルス性感染症やウイルス生 ワクチン接種後に生じた血小板減少は本症に加える
4. 1.および2.の特徴を備え、更に、3.の条件を満たせばITPと診断いたします。
5. 病型の基準
a)急性型:推定発病または診断から6ヶ月以内に治癒します。ウイルス感染を主とする先
行感染を伴う小児例が多い病型です。
b)慢性型:推定発病または診断から経過が6ヶ月以上遷延
治療(最後に本邦における治療ガイドラインを掲載しております)
Protieljiらは血小板数が3万以下で推移する症例の死亡危険率は健常人と比較すると
4.2倍と増加することを報告しております(Ref 1)。従って、一般的には3万/μl以下の症 例において治療が必要となります(治療効果として血小板正常化を目的とするのではな く、5万/μl以上を目標とします)。逆に言うとすべての症例が治療対象となるわけではな く、出血傾向に乏しい血小板3万/μl以上の症例は無治療で経過観察する場合もありま す。ITPの治療にはこれまで副腎皮質ステロイド、アザチオプリンあるいはイムランなど の免疫抑制剤あるいは血小板破壊の舞台となる脾臓摘出(摘脾)が行われてきました。
副腎皮質ステロイドは1-2mg/kg内服で開始し、有効率は30-40%ですが、ステロイド量
を漸減すると再び減少するため、多くの症例で5-10mgの維持療法が必要となります。
摘脾の施行された直後にはほとんどの症例において血小板数増加が得られ、40-
50%の症例が最終的に寛解に至ります。従来は開腹摘脾術が施行されていましたが出 血のリスクが高くなります。最近では出血リスクが低い腹腔鏡下摘脾術あるいは脾動脈 塞栓術が多くの施設で施行されております。これらの手術前には出血のリスクを減少さ せるため、下記に記載する血小板輸血あるいはガンマグロブリン大量療法が施行され ます。
止血困難な出血傾向(消化管出血、頭蓋内出血等)が認められた場合には早急の治
療が必要となります。緊急止血には血小板輸血が有効です(一般的には行われませ ん)。またガンマグロブリン大量療法(400mg/kg×5日間)も投与後2-3日で血小板上昇 が得られますが、両者ともに一過性の増加です。
副腎皮質ステロイド、ガンマグロブリン大量療法、血小板輸血、摘脾については本邦に
おいて保険適応が認められている治療法です。下記に示す薬剤については現在、保険 適応が認められておらず臨床研究が進められている治療法です。
保険適応外治療
(1)ヘリコバクターピロリ菌除菌
1998年にGasbariniらがヘリコバクターピロリ菌陽性のITP患者においてピロリ菌除菌
によりが得られることを報告しました(Ref 2)。ピロリ菌はらせん型小桿菌であり、慢性萎 縮性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、胃癌の病因として知られています。本邦においても追試 が行われ、2002年にHinoらがITP 30例中21例がピロリ菌陽性、陽性例21例で除菌を行 ったところ18例(85.7%)で除菌が成功し、そのうち10例(55.6%)に血小板増加が認め られたと報告しております(Ref 3)。厚生労働省班研究においてITP 436例中301例がピ ロリ菌陽性であり、除菌による血小板増加例は63.4%に認められ、再発がほとんど認め られておりません(Ref 4)。除菌の方法は胃・十二指腸潰瘍に対する薬剤であるプロトン ポンプ阻害薬と抗菌薬2種類を1週間服用いたします。副作用としては胃腸障害、皮疹な どが報告されております。
(2)免疫抑制療法
(a) シクロスポリン
シクロスポリンは同種移植、自己免疫疾患など種々の免疫疾患に投与される免疫抑
制剤です。Tリンパ球の活性化段階に働く物質(カルチニューリン)を阻害することによっ てサイトカイン産生を抑制、免疫担当細胞であるTリンパ球の増殖も同時に抑制します。 ITPに対する効果については1990年に佐々木らは難治性慢性ITP9例に対してシクロス ポリンを使用したところ6例に一過性の血小板増加が得られた事を報告いたしました (Ref 5)。2002年にEmilliaらが血小板数3万以下で出血傾向を有する12例に対してシク ロスポリン投与を行った結果、10例(83.3%)に血小板数増加が得られております(Ref 6)。5例がシクロスポリン中止後も完全寛解を維持、4例がシクロスポリンに依存性です が完全寛解を維持、1例がシクロスポリン中止後、部分寛解を維持しております(有効例 は投与3-4週後に増加傾向が見られます)。副作用としては腎機能障害、高血圧が見ら れますが、減量により改善し、中止に至る重篤な症例は報告されておりません。
(b) ミコフェノール酸モフェチル
プリン(核酸を構成する塩基であるアデニン、グアニン)合成酵素(特にリンパ球に多く
認められるinosine 5'-mono-phosphate dehydrogenase)を抑制することで細胞回転を 抑制、拒絶反応している部位へのリンパ球浸潤を抑え、免疫抑制を発動します。またミ コフェノール酸モフェチルはT細胞のみならずB細胞に対する活性化抑制も見られる強力 な免疫抑制剤です。難治性ITP例に使用されており39-83%の有効率が報告(Ref 7, Ref 8,Ref 9)されております。有効例は摘脾の有無にかかわらず認められますが、減量 により再発する症例が存在します。副作用としては下痢などの消化器症状が主として認 められます。
(c)エタネルセプト
TNFα受容体とヒト免疫グロブリンを融合させた物質であり、TNFα、TNFβの両者の
活性を抑制します。マクロファージの活性を抑制し、血小板破壊が阻止される可能性が 考えられておりますが、詳細は明らかではありません。本邦では関節リウマチに適応が あります。McMinnらが関節リウマチ合併ITPの症例に対してリウマチ目的でエタネルセ プトを用いたところ血小板増多が得られ、続く難治性ITP2症例(関節リウマチ合併なし) に対しても効果があったと報告しております。今後、症例の蓄積が必要とします(Ref 10)。
(3) 分子標的療法
(a) リツキシマブ療法
リツキシマブはBリンパ球に発現しているCD20抗原に対する抗体であり、B細胞性非ホ
ジキンリンパ腫に対する治療薬として保険適応があります。抗体産生に関わるB細胞を 標的とすることから自己免疫疾患に対する治療薬としても臨床研究が進んでおります。 ITPについてもその有効率が明らかになってきております。難治性ITP(血小板数3万以 下)に対してリツキシマブ375mg/sqを週に1回4週間点滴静注を行ったところ、血小板数 が5万以上に増加した症例は44〜75%、完全寛解が18〜46%、部分寛解が9〜23%認 められ、長期反応例も28〜35%認められております(Ref 11,Ref 12,Ref 13,Ref 14, Ref 15,Ref 16)。
(b)抗CD52ヒト型モノクローナル抗体
CD52はリンパ球、単球に発現している抗体であり、この抗原に対する抗体がアレムツ
ズマブ(Campath-1H)です。慢性リンパ性白血病などのリンパ球増殖性疾患の治療薬 として開発されしたが、CD4、CD8 T細胞の長期間にわたる抑制が認められたことより 同種造血幹細胞移植を始めとする移植後あるいは自己免疫疾患に使用されておりま す。ITPを含めた自己免疫性血球減少症21症例に対して15症例が有効(71.4%)、効果 が持続している症例が6例と報告されております(Ref 17)。初回投与時に発熱・悪寒・胸 部苦悶感などのアレルギー症状が出現、またリンパ球減少に伴う感染症のリスクが高く なります。
(4)血小板増加因子
好中球増加因子としてgranulocyte-colony stimulating factor(G-CSF)、赤血球増
加因子としてerythropoiethin(EPO)が臨床応用されておりますが、血小板産生因子に ついては現在のところ市販されている薬剤はありません。しかしながらthrombopoethin (TPO)が発見され、遺伝子組み換え型TPOにより治験が開始されました。ITPでも血小 板増加作用が認められたものの抗TPO抗体産生例が見られ、血小板減少が持続する 症例が見られたため治験が中止されました(Ref 18)。その後、TPOとアミノ酸配列上の 相同性を持たない類似薬(AMG531)が開発され、ITP症例について血小板増加効果が 確認されました(Phase IIにおいて62.5%の有効率)(Ref 19)。
藤村欣吾.免疫性血小板減少性紫斑病(ITP)における治療ガイドライン(案)の提案-ヘリ
コバクタピロリ除菌療法の成績を踏まえて-厚生労働省科学研究費補助金 難治性疾患 克服事業 平成16年度 総括・分担研究報告書. 血液凝固異常症に関する調査研究 (主任研究者:池田康夫). 2000; 53-69
2008年3月27日初稿
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