成人T細胞白血病/リンパ腫
I. 臨床症状・検査・診断・病期

疾患概念・診断
 1977年、内山らが成人T細胞白血病を独立した疾患として初報告、1980年にGalloが
病因ウイルスを同定し、成人T細胞白血病・リンパ腫(adult T cell leukemia・
lymphoma、ATLL)はRNAレトロウイルスの一種であるhuman T-lymphotropic virus
type 1(HTLV-I)が病因ウイルスであることが明らかになっています。HTLV-Iは様々な
細胞に感染することが確認されておりますが、生体内ではTリンパ球、特にCD4陽性Tリ
ンパ球に90%以上のプロウイルス(ヒトゲノムに組み込まれたウイルスのDNAを指しま
す)が存在します。HTLV-Iは細胞から細胞への感染様式を取ります。HTLV-Iが非感染
細胞に接触するとウイルスRNAは逆転写酵素によりDNAに変換され、ヒト染色体(ゲノ
ム)DNA中にプロウイルスとして組み込まれます。この感染細胞が非感染細胞と接触す
るとウイルスゲノムRNAを有する複合体が非感染細胞に移行し、二次感染が成立しま
す。一度組み込まれたウイルスDNAは染色体から抜け落ちることはなく、感染者はキャ
リアとなる訳です。キャリアの場合にはプロウイルスは染色体の様々な位置に組み込ま
れますが、ATLL発症時にはプロウイルスが染色体の同一箇所に組み込まれた感染細
胞が単一的に増殖します。ATLLの診断は@血清抗HTLV-I抗体陽性、A腫瘍細胞の表
面抗原分析(CD4陽性リンパ球の増殖)、Bプロウイルスが感染細胞染色体にモノクロ
ーナルに取り込まれ、増殖していること、を証明する必要があります。

 疫学
 ATLL症例ならびにHTLV-I感染者は本邦では九州・沖縄・四国・紀伊半島、北海道、
国外では中央アフリカ、カリブ海沿岸(ジャマイカ)に多く分布しております。本邦では感
染者数は約120万であり、年間700例が発症、感染者1000人あたり年間ATL発症率は
男性で1-1.5人、女性で0.5-0.7人、30歳以上の感染者で生涯発症率は男性で4-7%、
女性で2%台となると推定されています(渡邊俊樹:HTLV-I感染者におけるATL発症に
関する疫学研究-これまでの研究成果と今後の課題. 血液・腫瘍科 56: 527-534,
2008)。

 感染経路
HTLV-I感染には感染細胞が必須であり、感染経路は比較的限られた母乳による母子
感染(垂直感染)、性交による水平感染、輸血に絞られます。
1. 垂直感染
・母乳中のHTLV-1感染リンパ球が原因となります。長期授乳で児の18.4%、短期授乳
で11.4%がキャリア化しますが、一方、人工栄養児もキャリア化しており、その陽性率は
3.2%と報告されています(母乳を中止することにより約80%抑制)。従って、妊婦検診で
HTLV-1抗体チェックし、陽性なら断乳させ人工栄養に切り替えるように指導します(感
染細胞は56℃30分の加熱または-20℃12時間凍結で死滅するため、この処理をした母
乳を与えることは可能)。人工栄養児がキャリア化する原因としては子宮内(胎盤)感
染、産道感染が考えられます。
2. 水平感染
1) 輸血
1986年2月17日から日赤供給血液から抗HTLV-1抗体陽性血液は排除されておりま
す。
2) 性行為
・精液中のHTLV-1感染リンパ球(感染力弱い)が原因となります。従って男性から女性
への感染がほとんどであり、感染するだけでATLL発症はきわめて稀で日常生活で特別
な感染予防は不要とされております。
ATLLは母乳感染キャリアーのみ発症しますが、実際にどのようなキャリアーが高危険群
であるのかは不明です。現在、ATLL発症高危険群の同定にむけた研究、文部科学省
特定領域研究「ATL発症高危険群の同定-発症予防を目指して」 (Joint Study of
Predisposing Factors on ATL development: JSPFAD)によってキャリアーを対象に末
梢血中のHTLV-1感染細胞(HTLV-1プロウイルス量)やsIL-2Rを経時的に解析し、そ
の発症要因について精力的に調査を進めております。また2008年度より厚生労働科学
研究班「本邦におけるHTLV-I感染および関連疾患の実態調査と総合対策」がスタートし
ております。

 臨床病態
1) 臨床症状
発熱、全身倦怠感、高Ca血症を合併することが多く、これによる口渇、倦怠感、便秘、
筋力低下、脱水、腎障害、意識障害、昏睡。消化管浸潤による腹痛、難治性下痢。中枢
神経浸潤による頭痛、意識障害が見られます。
2) 身体所見
腫瘍細胞が浸潤することによる皮疹、肝脾腫、リンパ節腫脹が見られます。
3) 免疫不全合併症
正常リンパ球機能が低下するために細菌感染症、真菌感染症、ウイルス感染症、原虫
感染症の合併が認められます。特に肺、消化管、皮膚、眼、中枢神経でのアスペルギル
ス、サイトメガロウイルス、カリニ、糞線虫などの日和見感染症に注意する必要がありま
す。
4) 検査所見

 成人T細胞白血病細胞は上図に示すように核異型、花弁様核、分節核を有する細胞です。細胞質は正常リンパ球に比較すると淡青染性を示します

末梢血白血球数増加、血清LDH、血清Ca上昇、血清可溶性インターロイキン2受容体
(sIL-2R)上昇が見られます。経過観察中にATLを発症したキャリアーのsIL-2R上昇が
ATL発症の顕在化に先行して認められ、sIL-2RがATL発症の予測に有効である可能性
が報告されています(Ref 1)。

ATLL病型の診断基準(Ref 2
くすぶり型
慢性型
リンパ腫型
急性型
抗HTLV-I抗体
リンパ球数(×1000)
<4
>=4(a)
<4
異常リンパ球(%)
>=5%
+(b)
<=1%
Flower cell
時折
時折
No
LDH
<=1.5N
<=2N
補正カルシウム値(mEq/l)
<5.5
<5.5
組織で確認されたリンパ節腫脹
No
腫瘍病変
皮膚病変
**
肺病変
**
リンパ節
No
Yes
肝腫大
No
脾腫大
No
中枢神経
No
No
No
No
腹水
No
No
胸水
No
No
消化管
No
No
N:正常値上限
*:ほかの病型で規定される条件以外の制約はないことを示す.
**:他の条件を満たせば必須ではない.しかし異常リンパ球が末梢血で5%以下の場
合、組織で確認される腫瘍病変が必要.
(a):Tリンパ球増加(3500/μl)を伴う.
(b):異常リンパ球が5%以下の場合、組織で確認される腫瘍病変が存在すること.

平成20年8月7日初稿
平成20年8月12日診断基準追加
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