阿倍野キャンパス > 医学 >医学研究科長の挨拶
世界力と創造力を育む
女神像
医学研究科長兼医学部長  荒川 哲男 
ご挨拶
 大阪市立大学医学部は、1944年(昭和19年)に設立された大阪市立医学専門学校が前身となって設立された大阪市立医科大学が、1955年(昭和30年)に大阪市立大学に編入されて誕生しました。医学部は、杉本キャンパスと連携しながら、阿倍野キャンパスで学舎および附属病院の整備・拡充を進め、2004年(平成16年)看護学科を編入し、今日の大阪市立大学大学院医学研究科・医学部に至っています。

 医学部学舎の玄関には、本医学部のシンボルとして三女神像が微笑んでいます。向かって右側は本を抱く「智」の女神、高度な知識とすぐれた技術の習得を表現しています。真ん中が薬壺を持つ「仁」の女神、人が抱えている悩みや苦痛をやさしく受け止める心、真に医療人として奉仕できる深く温かい志を持つことを表しています。そして左側が月桂樹を手にする「勇」の女神、育まれた勇気に基づく積極的な行動力を発揮することを教えてくれています。本学部では毎年、「智」「仁」「勇」にもっとも近い学生がそれぞれ投票で選出され、表彰されています。この女神像に象徴されるすぐれた医療人を育成するとともに、世界力と創造力を駆使して研究に取り組み、高度かつ緻密な医療に結びつけ、市民の健康を守るという社会ニーズに応えていきたいと考えています。

 教育に関しては、医学部教育は、いち早く、基礎系・臨床系をシームレスなチュートリアル形式とし、また、低学年から臨床に触れさせるため、1〜3回生に病棟・外来での早期臨床実習を実施しています。高学年では臨床実習(BSL)に力を入れ、6回生には選択BSLとして、国内のみならず海外の連携病院でのBSLを推進し、国際力を高めています。学生主導で2000年(平成12年)に創設された国際交換学生サークルISAOは、本学部の目指す“世界力”に共鳴した学生の意欲を象徴するものです。
 大学院での高度な医学教育については、公立大学として先んじて医学研究科を設置し、毎年多くの医学博士を輩出しています。その一環として、質の高いがん専門医等を養成する「がんプロフェッショナル養成プラン」に、本研究科を含む6大学の連携プログラムが採択されました。
 卒後教育においては、公立大学の先陣を切って卒後医学教育学講座が設置され(2004年)、卒後研修センターおよびスキルスシミュレーションセンター(SSC)を運営するとともに、総合診療センターで臨床教育の実践を行なっています。とくにSSCは、充実した設備とスタッフを有し、医療手技等の修練の場を若手に提供するたぐいまれなセンターとして、内外で高い評価を得ています。

 医学研究の面では、文部科学省が実施している世界的研究拠点の形成を目指す「21世紀COEプログラム」に「疲労克服研究教育拠点の形成」が採択され、プログラム終了後も、医学部の多くの研究者が日夜、研究に励んでおります。疲労克服は、今世紀の解決すべき大きな目標であり、基礎医学と臨床医学の統合研究となってきております。さらに、2005年に設置された医薬品・食品効能評価学は、医薬品・食品効能評価センターを運営し、企業からの依頼による治験だけでなく医師主導型臨床研究に力点を置き大学発の新たな治療法・治療薬の開発に精力的に取り組んでおり、これまでに大きな成果を上げるとともに、我が国の臨床研究中核施設を目指して邁進しています。
また、健康・予防医療研究ラボラトリーの創設による産業界と官・学の研究連携、地域の病院との医療ネットワーク化、さらには臨床研修・卒後研修の教育ネットワーク化など先進的な試みがなされています。

大阪市立大学は2006年(平成18年)に法人化され、公立大学法人「大阪市立大学」となり、医学部としてさらなる発展の基礎が確立されました。これからも継承すべき伝統は守りつつ、積極的に改革に取り組んでまいります。

 ここ阿倍野キャンパスで、教職員と学生が一体となり、世界で活躍する人材に育つ、また育てる夢とともに、大阪に根ざした温かみのある医療、高度な医療を提供し続ける源泉としての誇りを持って、前進していきたいと考えています。
 
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特記事項
  • 平成24年4月更新