II. 蠕虫病
平成14年2月
a. 蠕虫とは
b. 蠕虫症とは
c. 蠕虫感染における免疫と感染予防
d. 人獣共通寄生虫症
a.アニサキス症
b.イヌ回虫症
c.住血吸虫症
d.日本海裂頭条虫症
e.エキノコックス症
原虫の1個は血球より小さいぐらいのサイズですが、人に感染しますと、分裂によって、無数に増殖して、細胞を破壊したり、有害物質を出したりして、宿主に病害を与えます。
それに対して、今回、お話をします蠕虫類(ぜんちゅうるい:線虫、吸虫、条虫)は多細胞生物で、サイズもかなり大きい動物です。発生学的には、海綿動物より少し複雑な構造をもつ吸虫と条虫(扁形動物門)、また、ミミズより少し簡単な構造をもつ線虫類(袋形動物門)が含まれます。小さいものでは、成虫が1
mm ぐらいの吸虫(横川吸虫)から、1 mに達する線虫(メジナ虫)、また、条虫(昔は、サナダ虫)では、33
m の記録があります。図6はシカの皮下組織より摘出したフィラリア(5 cm、線虫)で、活発に動きます。
図6.シカの皮下組織より摘出した生きているフィラリアの運動(当研究室の木俣 勲 博士の好意による)。
これらの虫は、中間宿主を持つ複雑な生活史を持っています。多くは、食物などによって、虫卵や幼虫が人体や動物の体内に入ります。虫卵が入って幼虫になり、さらに成虫になるもの、幼虫のまま次の宿主に食べられる機会を待つものなどがあります。ただ、原虫感染に対して、蠕虫類の感染では、個体数は最初より少なくなることはあっても、増加することはありません。体内で個体は大きくなりますが、個体が増員することはありません。ただし、例外的な、糞線虫の感染は除きます。
そのために、寄生虫の診断は虫体そのものを検出することは無理で、虫卵を産みだす寄生虫については、虫卵検査、また、虫卵を産み出さない寄生虫、あるいは幼虫については抗体の検査、好酸球の増加などを調べます。
また、これらの寄生虫は寿命を持っています。種によって異なりますが、線虫類の回虫では1-2年、フィラリアでは5年、吸虫では2?3か月から20年(肝吸虫)、条虫では40年などが知られています。
蠕虫症では、どのくらいの寄生虫(卵)を取り込み、体内にいるか(寄生虫数)、どのくらいの期間その寄生虫をもっているか(感染期間)、そして、寄生虫が寄生する部位(目や脳に入った場合など)などによって、症状はかなり異なってきます。
また、宿主の状態も大事な要因です;鉤虫感染では、吸血量が大きいため、子供や妊婦では発育阻害や胎児に大きな影響がでます。また、高蛋白栄養や鉄分の摂取量が多い場合は症状は軽くなります。さらに、人種によっても鉤虫に対する感受性は異なると言われています。
また、蠕虫感染では再感染はしばしば見られます。インドで、ほとんどの人が回虫に感染している地域で、駆虫薬を投与し、一度、回虫がいなくなっても、半年もすれば、半数の人が回虫を持つようになったと記録されています。寄生虫の大きな流行地では、駆虫薬の投与も一時的な効果に過ぎません。
戦後、わが国において、回虫や鉤虫(現在では、十二指腸虫のことを鉤虫)が最も大きい寄生虫病でした。回虫や鉤虫のように、糞便に虫卵が排出され、その虫卵が、土壌のなかでの発育が必要で、次の感染が可能になる線虫のことを土壌蠕虫類と言います。これらの寄生虫類に対しては、わが国が戦後、行ってきた集団検査、集団駆虫によって寄生虫を駆除してきたこと、また、都市化(下水道の完備)、農業で人糞を使用しないことなどによって、急激に感染者は少なくなりました。回虫感染者はまだ、時々、見られますが、鉤虫感染者はほどんど見られなくなりました。
しかし、このような成功例はむしろ、世界的には例外で、南米や熱帯域では、このような寄生虫の感染率があまり変化をしていないところが多く見られます。そのため、回虫や鉤虫による感染者、死亡者は寄生虫感染者の中でも、まだかなり多いことがわかります(1回目の表1、世界の寄生虫感染者)。
では、わが国では、寄生虫病は無くなったのでしょうか。現在、私たちの身の回りで、見られる蠕虫症を表2に示します。
表2.わが国でみられる蠕虫症
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サバ寿司、イカ、海産魚の刺身 | アニサキス症(アニサキス幼虫、線虫) | 急性腹症 | 内視鏡による摘出、開腹手術 | 日本、まれに海外、オランダ |
マス寿司、サケ、マスの生食 | 日本海裂頭条虫症(条虫) | 下痢、腹痛 | 駆虫薬(プラジカンテル) | 日本 |
スッポン料理、カエル、マムシの生食 | マンソン孤虫症(条虫) | 皮膚の腫瘤、脳、眼に侵入 | 外科的摘出 | |
ドジョウ、ヤマメ、カエルの生食 | 顎口虫症(線虫) | 皮膚爬行症 | 外科的摘出 | |
ホタルイカの生食 | 旋尾線虫幼虫症(線虫) | 皮膚爬行症、急性腹症 | 外科的摘出 | |
地鶏のレバー、砂場のイヌ、ネコの糞便 | イヌ回虫幼虫症(線虫) | 肝臓肥大、眼球内部炎 | ||
牛肉の生食 |
無鉤条虫症(条虫) |
腹痛 | 駆虫薬(プラジカンテル) | 世界各地 |
イワシ、海産魚の生食 | 大腹殖門条虫(条虫) | 下痢 | 日本 | |
ドジョウ、アマガエルの生食 | 浅田きょく口吸虫症(吸虫) | 腹痛、下痢 | 駆虫薬(プラジカンテル) | |
サワガニの生食 | 宮崎肺吸虫症(吸虫) | 気胸、胸水貯留 | 駆虫薬(プラジカンテル) | |
モクズガニ、イノシシの生肉 | ウエステルマン肺吸虫(吸虫) | 肺症状(咳)、脳症状 | 駆虫薬(プラジカンテル) | |
アユの生食 | 横川吸虫症(吸虫) | 腹痛 | 駆虫薬(プラジカンテル) | |
コイ、ウグイ、ワカサギ、シラウオの生食 | 肝吸虫症(吸虫) | 胆管炎 | 駆虫薬(プラジカンテル) | |
クマ肉の生食 | 旋毛虫症(線虫) | 筋肉痛 | 治療薬(サイアベンダゾール) | |
ブタ肉(加熱不十分)、虫卵 | 有鉤条虫症、人体有鉤嚢虫症 | (腸に成虫の条虫)、脳、皮膚などに嚢虫形成による症状 | 沖縄、韓国、中国、東南アジア、中南米 | |
生野菜 | 回虫症(線虫) | 腹痛、胆管閉塞 | 駆虫薬(ピランテル・パモエート) | 有機農法により、最近増加 |
セリ、クレソン | 肝蛭症(吸虫) | 肝臓障害 | 駆虫薬(ビチオノール) | 世界各地 |
山野での飲み水、山菜の生食(キツネの糞便より) | 多包虫症(条虫) |
肝、肺に包虫形成 |
北海道、北極圏 |
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ナメクジ、カタツムリの生食(野菜サラダに混入) | 広東住血線虫症(線虫) | 髄膜脳炎 | 台湾、ハワイ、まれに日本 |
免疫:蠕虫類の感染において、虫の排出する抗原が、T細胞(Th2)や肥満細胞を活性化させ、それらの細胞からインターロイキン4(IL-4)が作り出され、その結果、B細胞から抗体(IgE)が作り出されます。IgEは抗原とともに肥満細胞に脱顆粒を起こさせ、好酸球を虫の近くに集合させます。寄生虫の周囲で、好酸球は抗体や抗原の作用によって、脱顆粒を起こし、リソゾーム物質、主要塩基性蛋白、活性酸素を放出して、寄生虫を処理しようとします。これを抗体依存性細胞傷害作用(Antibody-dependent
cell-mediated cytotoxicity: ADCC) と言います。そのために、蠕虫感染の場合には、血液中のIgE
が上昇し、また、好酸球数が増加します。
寄生虫の体内移行:回虫では、成虫は小腸に寄生しますが、取り込まれた虫卵が小腸に下って、そこで成虫まで発育するのではなく、取り込まれた虫卵は、小腸で幼虫が孵化して、小腸壁を通り、血流に乗って、肺に達し、発育をして、肺胞に出て、気管をのぼり、咽頭に出て、再び小腸に下って、成虫になります。このように、多くの寄生虫は、幼虫の時に、体内移行の旅をします。したがって、幼虫期において、腸管以外の部位で肝臓障害や肺炎などを引き起こします。しかし、一方、宿主はこの時期に、小腸壁、肝、肺で、好酸球などが幼虫を取り囲み、かなり寄生虫を死滅させることの出来る大切な時期でもあるのです。
免疫回避:小腸に入った幼虫に対して、肥満細胞から放出されるヒスタミンなどによって、腸管の透過性が高まり、抗体などが浸出します。また、腸壁の杯細胞から粘液が分泌されて、寄生虫を排除する機構が働きます。しかし、最終的には、少数の寄生虫は生き残ることになります。また、通常は腸管内では、抗体などが直接作用を及ぼしませんので、むしろ体内よりは安全な寄生部位と言うことが出来ます。また、線虫は発育につれて、4回脱皮をしますが、これも、虫体の表面抗原を変えることが出来ますので、宿主の免疫を回避していることになります。また、吸虫や条虫では、体表から抗体や補体に作用をして、分解するような物質を放出することが知られています。
蠕虫感染によって、宿主において、抗体などいろいろの免疫は知られていますが、虫をすべて殺滅したり、排除したり、再感染を阻止する効果はありません。また、逆に、寄生虫感染によって宿主が死亡する割合も、いくつかの感染をのぞいては、高いものではありません。すなわち、私たちの体に寄生している寄生虫は宿主によく適応(adaptation)していると考えられます。ただ、回虫、鉤虫、住血吸虫の感染者は世界で年間、6億人と推定されていますので、死者も15万人と少ない数ではありませんが。死亡者数は大きい数でなくても、発育が阻害されたり、貧血で労働が出来ないと言う状態は、無視出来ないことであろうと思います。
最近のある雑誌の記事の中に、かつて、アメリカで、鉤虫の感染で、「15才の少年が死んだ人の様な白い顔をして、全く何も関心が無く、イヌのように玄関先で横たわっている。遊ぶこともしないし、働くこともせず、ただ、横たわっている」。医者が診て、鉤虫の治療をしました。少年は貧血も治り、血色もよくなり、元気で生活を始めました。しかし、数年でまた、少年は鉤虫感染で活動をすることが出来なくなった、との話が記されていました(P.
J. Hotez and D. I. Pritchard: Hookworm infection. Scientific American,
June 1995, 42-48)。これが、寄生虫病の恐ろしさを示しているものであろう、と思います。
治療と予防:蠕虫感染において、多くの場合、有効な駆虫薬があります。しかし、感染の可能性の高い環境では、再感染が容易に起こります。トイレなど環境改善、公衆衛生の向上、感染予防など医学教育などが必要になります。また、鉤虫感染を防ぐため、ワクチン研究が行われていますが、実用化は、まだまだ先と思われます。
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d. 人獣共通寄生虫症
わが国では、表2をご覧になりますと、アニサキス、イヌ回虫、エキノコックスなど野生動物やペットのいろいろの寄生虫に感染していることに気ずかれると思います。
これを人獣共通感染症(zoonoses) と呼びます。寄生虫は基本的には、回虫は人のみ、イヌ回虫はイヌのみに寄生して、そこで成虫になります(宿主特異性)。回虫にとって人は固有宿主、イヌ回虫にとって、イヌは固有宿主と呼びます。イヌ回虫にとって人は非固有宿主といいます。非固有宿主においても、ある程度まで発育は出来ますが、成虫になることは出来ません。人とイヌとではイヌ回虫にとって、相違があるようで、イヌにおける様に小腸に下って成虫になることが出来ません。幼虫のまま、人の体内を長期間巡ります(サルの実験では10年間ぐらい幼虫が生存)。この場合は、人に大きな病害を与えます。
わが国では、このような寄生虫症が最近では、むしろ多く見られます。アニサキスはクジラやイルカの回虫で、幼虫は海産魚類に寄生しています。刺身や寿司を好むわが国では、大きな寄生虫症を引き起こしています。
幼虫移行症:人獣共通寄生虫症の中でも、寄生虫(線虫、吸虫、条虫)の幼虫が非固有宿主に入って宿主に大きな病害を与えるという概念を明らかにしたのは、アメリカの有名な寄生虫学者のPaul
C. Beaverで、1960年頃です。それ以降、動物の多くの寄生虫が人に感染を引き起こして、大きな病害を与えることが次第に明らかになっています。これを幼虫移行症(larva
migrans)と言います。そして、問題は、この感染においては、予防や治療がたいへん困難であることです。
イカの刺身やサバ寿司を喫食して、数時間で胃や腸に激しい痛みを感じ、内視鏡で胃の表面を検査しますと、胃壁にアニサキス幼虫が刺さっていることがあります。また、刺身を食べた後、腹痛が2週間ほど続き、病院で検査をうけますと腸に腫瘤が見られ、開腹手術を受けたという例がよくあります。その組織を顕微鏡で調べますと、アニサキス幼虫の断面が見られることがあります。最近の報告では、わが国で、年間2000例のアニサキス症が報告されています。実際には、かなり多いものと思われます。北海道や漁村で、人々のアニサキスの抗体を調べますと、住民のほぼ100%に抗体保有がよく見られます。これは、多くの日本人が今までにアニサキスに感染したことを示しています。
アニサキスはクジラやイルカの回虫の種で、成虫は胃に寄生しています。虫卵を産み出し、虫卵は海中で幼虫になり、オキアミ(中間宿主)に入り発育します。それを、イカや海産の魚類が捕食しますと、そこで幼虫のまま待機しています(待機宿主)。その魚を食べますと、幼虫は人の胃や腸に侵入し、激しい痛みを与えます。サバの腹部を開きますと、卵巣や精巣の表面に丸くなった5
mm程度の虫がみつかります。あるいは、1 cmぐらいの細く、動く線虫がよく見られますが、それがアニサキスの幼虫です(図7)。
アニサキスは、1962年オランダでニシンの生食から死亡者が出たときに、はじめて、原因虫が明らかにされました。それ以降、オランダでは、市販する前に、魚介類は24時間の冷凍が法律で義務ずけられ、アニサキス症が激減しています。さて、わが国では、どのようにすべきでしょうか。
図7.サバより取りだしたAnisakis 幼虫。
砂場でイヌの糞便をよく見かけます。ほとんどの子犬が感染して、多量の虫卵を排出しています。砂をさわった手で、何かを口に運んだときに、虫卵が入ります。図8はイヌ回虫卵を雌成虫の子宮より取りだし、2週間ほど実験室で培養したものです。虫卵の内部に、幼虫が形成されています。この状態になりますと、いつでも感染をすることができます。
イヌ回虫卵が人の口に入った場合、幼虫は小腸で孵化して、腸壁を侵入して、血流にのり、肝、肺を経由して、ある程度まで発育をします。また、地鶏の生レバーの中にイヌ回虫の幼虫が見いだされています。
症状:多量のイヌ回虫卵を取り込みますと、幼児では肝臓障害を引き起こしたり、成人では幼虫が眼球や脳に入ることがあります。眼球に入った場合、適当な治療法がなく、最終的に眼球摘出の例が報告されています。人体ではイヌ回虫は成虫にはなりませんが、幼虫移行症を引き起こし、大きな病害を与えます。
予防:砂場や河原でよくイヌを放して、糞便をさせていますが、公衆衛生上問題であるように思います。また、個人的には、土や砂をさわった後、よく手洗いをすることが必要で、予防は簡単ですが、感染をすると、治療は困難になります。
図8.幼虫を内部にもっているイヌ回虫卵、感染が可能な状態。
住血吸虫症は現在、熱帯地方において、マラリアに次ぐ大きな寄生虫病と考えられます。アフリカにはビルハルツ住血吸虫、アフリカ、南米にはマンソン住血吸虫、東南アジア、中国には日本住血吸虫が分布しています。
わが国において、1904年に桂田富士郎によって、日本住血吸虫が見いだされ、命名され、生活史が解明されました。この発見は当時としてはたいへん貴重なもので、ノーベル賞の候補になったと言われています。病原体、感染経路、感染予防の方法が分かるまで、その当時は、死亡率の高い、深刻な風土病でありました。
生活史:感染者や動物の糞便の中の虫卵が水中に出されますと、虫卵よりミラシジウムが孵化し、水中を遊泳して、中間宿主の貝、ミヤイリガイ(6 mm)に侵入して、スポロシストに発育し、スポロシストの中で多数のセルカリアが作り出されます。セルカリアは貝から出て水中を遊泳します。セルカリアは人の足などに経皮的に侵入して感染します。侵入した幼虫をシストソミューラと言い、血流、肺、肝臓をへて、門脈に達し、そこで成虫になります。住血吸虫は吸虫類のなかでも異なり、雌雄が別々で、産卵以外の時は、雄虫が雌虫を抱合しています。
症状:日本住血吸虫の成虫は門脈にすみ、産卵のために腸壁の毛細管まで下ってきます。産み出された多くの虫卵は腸壁で炎症、出血を引き起こし、虫卵が放出されます。腸壁には潰瘍が形成されます。
産み出された虫卵の30%は逆に肝臓の方に上って行きます。肝臓で、門脈に虫卵が塞栓し、そこに炎症細胞が集まり、結節、線維腫を形成します。そのために、肝臓の機能に障害が見られます。さらに、虫卵が血流に乗り、脳血管を塞栓させ、痙攣などを引き起こします。
わが国においては、筑後川(九州)、片山地方(広島)、沼津(静岡)、甲府盆地(山梨)、利根川流域(千葉)の5カ所に限られていました。それは、ミヤイリガイの生息地の特色のためです。寄生虫病は、風土病とも言われますが、それぞれの地理的な分布の特色を持っているものが多くあります。
わが国では、住血吸虫症の流行地で、感染者を治療し、保虫動物(ネコ、ネズミ、ウシなど)を調べ、中間宿主のミヤイリガイが生息出来ないように、潅漑用水路をコンクリートで整備をし、貝の駆除、下水処理の完備(糞便を河川に入れない)、生活習慣の改善(川で洗濯をしない、セルカリアの侵入を予防)などを徹底して行いました。1978年以降、わが国では、新しい感染者は見いだされていません。
アフリカにおいて、ダム建設や水田の広がりとともに、住血吸虫症もまた拡がっていることが指摘されています。
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d. 日本海裂頭条虫症 (diphyllobothriasis
nihonkaiense)
マス寿司、サケの生食より、日本海裂頭条虫に感染することがあります。サケの切り身をよく見ますと、筋肉の中に、白い米粒大の幼虫(プレロセルコイド)がみられることがあります。それを取り込みますと、1ヶ月ほどで小腸で数メートルの条虫に成長します。条虫の末端が切れて、糞便に条虫の片節が出ているのを見て、気ずくことがあります。
図9は条虫の片節。この一つ一つの片節に雌雄の生殖系があり、産卵をします。消化管はなく、体表から栄養分を吸収します。4000片節で一つの条虫を形成します。体長は10
mぐらいです。
生活史:糞便中の虫卵から、水中でコラシジウムが孵化し、第1中間宿主のケンミジンコに取り込まれ、さらに、第2中間宿主のサケ、マスに取り込まれ、プレロセルコイドになります。終宿主である人の腸管で成虫になります。
症状と治療:この条虫の病害は腹痛、疲労感などでさほど大きいものではありません。ただ、気持ちがよいものではありませんので、1日ほど入院して、駆虫することになります。
かつて、わが国では、サケやマスから感染する条虫は広節裂頭条虫(Diphyllobothrium
latum)と呼ばれていました。しかし、最近、わが国において、海洋のサケ科(サケやサクラマス)から感染する種は日本海裂頭条虫(D.
nihonkaiense)として、別種とされました。
予防:サケ、マスを生で食べないことです。冷凍(-18度C)
または加熱によって、幼虫を死滅させることが出来ます。最近は、この条虫による感染例がかなり増加しているように思われます。
図9.日本海裂頭条虫の片節、中央の子宮に虫卵を持っている。
北海道では、キツネが高率に多包条虫に感染しています。1個体の条虫は3
mm程度の小さいものですが、腸壁に多数寄生していますので、糞便には多数の虫卵が排出されます。その虫卵を中間宿主の野ネズミが取り込み、幼虫である多包虫を形成します。そのネズミをキツネが捕食すると、キツネの腸管で成虫となり、生活史は完了します。
感染経路:人は、野山で、キツネに汚染された水、キノコ、山菜、木の実などから、虫卵を取り込み、感染します。人は、丁度、中間宿主の野ネズミのような位置になります。虫卵から、幼虫が孵化して、腸壁を侵入して、血液に乗り、肝、肺、そして脳、骨、心臓、脾などで多包虫と言う幼虫になります。幼虫は次第に大きくなり、内部に将来一つ一つの条虫になる原頭節を多数持つようになります。
症状:この幼虫はあたかもブドウの房のように、組織の中で大きく拡大成長します。周囲の組織を圧迫し、壊死を引き起こします。長い年月をかけ、少しずつ大きく(20
cm)なりますので、肝臓などで、気ずいたときには、摘出が困難である場合があります。
メベンダゾールが治療薬として用いられていますが、あまり有効ではありません。残酷な寄生虫病であると言われます。
疫学:かつて、100年ほど前に、礼文島の森林保護のための野ネズミ対策として、千島の紅ギツネを移入させたために、本来、存在しなかった多包条虫を持ち込んだと言われています。また、流氷にのって千島からキツネが入ったとも言われています。元々は北極圏の森林地帯に分布する寄生虫です。
現在では、北海道の全域に流行地が拡がっています。毎年、5?10名の新しい感染者が報告されています。
野生動物の寄生虫が人に拡がった場合、なかなか予防対策は困難になります。実験的には、キツネに駆虫薬をソーセージなどに入れて与える実験が行われています。また、早期の有効な免疫診断法や治療法の開発が進められています。
アイスランドでは、もともと分布していなかった単包条虫(イヌが終宿主)が、持ち込まれたイヌに寄生しており、牧羊犬に広がり、中間宿主が羊であるために、羊に感染し、その羊の内臓をイヌに与えることによって、生活史がまわり、感染が拡がりました。そして、イヌの糞便から人にも感染が拡がりました。1860年から1960年に駆除されるまで、100年間に23万人が死亡しました。この対策のために、徹底したイヌの寄生虫の管理をしたと言われています。
アルゼンチン、オーストラリア、中国、北アフリカなど、牧羊犬を用いた牧羊方法によって、エキノコックス症を人為的に拡大させたものといえると思います。
文献
1. K. S. Warren and A. A. F. Mahmoud: Tropical and Geographical
Medicine. Mc Graw-Hill Book Company, 345-498, 1984.
2. G. C. Cook: Manson's Tropical Diseases. Saunders,
1321-1517, 1998.
3. 宇仁茂彦、井関基弘:水・食品媒介性寄生虫(原虫、蠕虫)感染症。薬局、49,1133?1140,1998.