近畿先天代謝異常症研究会 事務局
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最新更新日 2023.5.24

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研究会抄録集 事務局・その他

<特別講演>

 

「ミトコンドリア病ならびにシトリン欠損症に対する
ピルビン酸療法」

東京都健康長寿医療センター研究所 健康長寿ゲノム探索

田中雅嗣 先生


背景:ピルビン酸は炭水化物、アミノ酸、脂質の代謝において中心的役割を演じている。ピルビン酸は解糖系の最終産物であり、3つの経路に利用される。すなわち、1)還元されて乳酸となる。2)ピルビン酸脱水素酵素複合体(PDHC)によって参加されアセチルCoAを生じる。3)ピルビン酸カルボキシラーゼによってカルボキシル化されオキサロ酢酸となりTCAサイクルの中間体を補充する。

乳酸/ピルビン酸比の重要性:乳酸/ピルビン酸比(L/P比)は臨床的にミトコンドリア機能を評価するために用いられてきた。NAD+はグリセルアルデヒド3リン酸から1,3-ジホスホグリセリン酸への酸化に必須である(GAPDH)。生じた1,3-ジホスホグリセリン酸からリン酸基がADPに渡されATPを生じる(GPK1)。従ってNAD+が不足すると解糖系によるATP産生が停止する。L/P比は細胞内NADH/NAD+比を反映するので、L/P比が25.6を超えると解糖系によるATP産生が停止すると計算される。重篤なミトコンドリア病の患者における、乳酸アシドーシスは治療が困難であり、危機的状態である。注目すべきことは、乳酸の絶対値ではなく、L/P比が解糖系によるATP産生の重要な決定因子であることである。従って、たとえミトコンドリア機能がゼロであっても、1モル(110g)のピルビン酸ナトリウムが投与されると、1モル(507g)のATPが産生される。

PDHCの活性化:ピルビン酸はピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害し、PDHCを活性化する。ジクロロ酢酸(DCA)はピルビン酸の構造類似体でありピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害し、それによってPDHCを活性化する。DCAは乳酸アシドーシスの治療に用いられてきたが、末梢神経障害などの副作用がある。ピルビン酸はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの生理的阻害剤であり、DCAと同様に乳酸レベルを下降させる効果を有するが、毒性がない。しかし、ピルビン酸は基本的に解糖系を活性化するので、ピルビン酸投与によって乳酸値が上昇する場合もある。

呼吸鎖欠損症:ピルビン酸はρ0細胞のように呼吸機能が欠損した細胞の培養に使われてきた。グルコースから乳酸への解糖の過程で、NADHの収支はゼロであるが、他の栄養素の異化によってNADHが生成する。もしもNADHが細胞内で蓄積すると、解糖系が停止し、ρ0細胞は解糖系からATPを得ることができなくなる。ピルビン酸が培養液に添加されると、ピルビン酸はモノカルボン酸アンチポーター(monocarboxylate antiporter ,MCA)によって細胞内の乳酸との交換によって選択的に細胞内に取り込まれる。細胞内に取り込まれたピルビン酸はNADHをNAD+に酸化し、このNAD+は解糖系によるATP産生を回復させる。

アルコール代謝の促進:我々はピルビン酸のアルコール代謝に及ぼす影響を調べた。ピルビン酸ナトリウム5 gの経口摂取はアルコールの酸化を約20%上昇させた。(日本特許 2000-204038)。アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)の遺伝的欠損を有する個体では、ピルビン酸はアセトアルデヒド濃度をさらに上昇させた。これはアルコール脱水素酵素(ADH)によって触媒されるエタノールからアセトアルデヒドへの第1の反応が、ピルビン酸によってNAD+が補充されることによって促進されるが、アセトアルデヒドから酢酸への第2の反応が酵素欠損のためにブロックされているためである。アセトアルデヒド濃度の上昇を緩和させるために、我々は1440mgのL-システインをピルビン酸と共に投与した。これはアセトアルデヒドがL-システインと反応してチアゾリジン誘導体となり、これが尿中に排泄されるためである。ピルビン酸とL-システインの組み合わせによりアルコールの酸化は約30%上昇した(日本特許2002-187839)。これらの結果は、経口投与したピルビン酸が、少なくとも肝臓において細胞内のNAD+/NADH比を上昇させることができることを示している。

シトリン欠損症に対する治療:我々はシトリン欠損症のモデルマウスにおいて肝灌流実験を行いピルビン酸と投与の効果を検証した。(J Hepatol 44:930-938,2006)。成人発症2型シトルリン血症(CTLN2)はミトコンドリアのアスパラギン酸/グルタミン酸輸送体(AGC)をコードするSLC25A13遺伝の変異によって生じる。この輸送体はミトコンドリアからアスパラギン酸を運び出す過程を担っているので、細胞質においてアスパラギン酸とシトルリンからアルギニノコハク酸を形成する尿素サイクルの1過程が障害される。この輸送体はリンゴ酸-アスパラギン酸シャトルの一部を形成しているので、その欠損により還元当量(NADH)の細胞質からミトコンドリアへの輸入が障害される。NADHが細胞質において過剰になると、脂肪酸とグリセロールの合成が促進され、その結果、脂肪肝さらには肝硬変が生じる。シトリンノックアウトマウスの肝臓に ピルビン酸ナトリウムを灌流すると、アンモニアからの尿素合成が改善された。ピルビン酸の効果は次のように説明される。ピルビン酸はNAD+を供給し、このNAD+はリンゴ酸のオキサロ酢酸への酸化に利用される。アスパラギン酸はグルタミン酸からオキサロ酢酸へのアミノ基転移によって形成される。このようにしてミトコンドリアから細胞質へのアスパラギン酸の運び出し系の欠損による代謝的異常は、ピルビン酸を肝臓に供給することによって回避される。シトリン変異をホモで有する人は、日本における保因者の頻度(400人中6人)から計算すると2万人に1人以上であるので、日本における患者総数は6400人を超えると推定される。シトリン欠損症患者にピルビン酸を投与することによって、肝臓移植が必要とされるような重篤な肝障害を防止できると期待される。

本講演では、ピルビン酸療法が有効と考えられた症例、ミトコンドリアDNA変異の迅速網羅的スクリーニング方法、安定同位元素C-13を用いた呼吸鎖欠損症およびPDHC欠損症の非侵襲的in vivo検査法について紹介する。



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