平成14年3月
目次
1.はじめに
2.動物毒
a. ヘビ毒
b. サソリ毒
c. クモ毒
d. ハチ毒
3.海洋生物の毒
a. テトロドトキシン
b. シガトキシン
c. サキシトキシン
d. イモガイの毒
4.まとめ
医動物学(Medical zoology)とは、人に病害をあたえる動物(原虫、蠕虫、衛生動物)、その動物によって引き起こされる病気、そして感染の予防などについての学問分野と定義されています。
衛生動物学は、医動物学の1分野として考えることができます。蚊によってマラリア原虫やフィラリア類が媒介されますので、蚊やブユについての研究が必要になります。ライム病(シカなど野生動物のスピロヘータが人に運ばれ、皮膚疾患、関節炎を引き起こします)はダニによって媒介されます。ツツガムシ病(高熱、リンパ腺腫脹)もダニによってリケッチアが媒介され、人に病気を引き起こします。ペストはノミによってネズミからペスト菌が伝播されます。現在でも、ペストは世界各地に見られます。したがって、私たちは、これらの病気の媒介ルート、伝播のしくみ、感染予防を考えるときに、蚊、ブユ、ダニ、ノミなどについて研究をしなければなリません。
しかし、世界的に、また、わが国においても、衛生動物学を研究する人々が大変少なくなっています。
丁度、その様な時期に、大阪でゴケグモ騒動が起こりました。1995年9月でした。わが国に、このような毒グモは存在しないと信じていました。しかし、オーストラリアからコンテナにのって三重県および大阪の港湾地区に入り、わが国で越冬し、増えていました。そして、分布はしだいに拡がっています。
この騒動から、私たちは3つのことを学びました。第1点はわが国に、元々生息していない動物が、運輸のグローバル化やペットとして、外国から持ち込まれ、そしてわが国で繁殖していること。第2点は、有毒動物にたいする調査、検査、治療体制が、一部の魚介類(フグ、貝毒)を除いて、十分であるとは思われないこと、第3点は、私たちの身の回りには、いろいろの有毒動物がいることを理解して、前もって、予防対策、治療方針をたてておく必要がある、と思います。
最近は、生物兵器として、いろいろの生物の毒が開発されています。また、犯罪に用いられることもあります。一方、新しい医薬品として、毒の利用が研究されてきています。
今回の講義では、有毒動物の毒の種類と作用のしくみについてご説明します。
2.動物毒
私たちの身の回りには、いろいろの毒をもつ生物が見られます。生物の持つ毒を天然毒、あるいは自然環境毒と呼びます。植物では、トリカブト、ケシ(モルヒネなどを抽出)、南米のコカの葉(コカインを抽出)、インド大麻(マリファナを抽出)などが毒(植物毒)をもつことが知られています。また細菌毒として、ボツリヌス毒はきわめて猛毒であり、炭疸菌はすでに生物兵器として開発され、現実のものとなっています。動物の持つ毒を動物毒(animal
toxins)といい、言葉を使い分けることがあります;猛毒のものを毒素(toxin)、飲む毒を毒物(poison)、毒腺で作られる毒を毒液(venom)
と言います。
主な有毒動物のリストを表1に示します。
表1.主要な有毒動物とその毒
動物種 | 生息地 | 毒素 |
---|---|---|
爬虫類 | ||
ニホンマムシ | 日本(琉球諸島を除く) | 出血毒 |
ハブ | 琉球諸島 | 出血毒、筋肉毒 |
ヤマカガシ | 日本、アジア東部 | 出血毒 |
アマガサヘビ | 東南アジア、インド | α-ブンガロトキシン、 β-ブンガロトキシン |
マンバ | アフリカ | デンドロトキシン、 ファシキュリン |
コブラ | アフリカ、インド | コブラトキシン |
エラブウミヘビ | 沖縄、フィリピン | エラブトキシン、筋肉毒 |
両生類 | ||
ヤドクガエル | 中南米 | バトラコトキシン |
節足動物 | ||
サソリ類 | アフリカ、中南米、中近東 | α-サソリ毒、β-サソリ毒、テイテイウストキシン、カリブドトキシン |
クモ類、ゴケグモ類 | オーストラリア、北中米 | α-ラトロトキシン |
ミツバチ | 熱帯、温帯 | アパミン、MCD-ペプチド、メリチン、ホスホリパーゼA2 |
甲殻類、スベスベマンジュウガニ | 本州、南西諸島、南太平洋 | テトロドトキシン、サキシトキシン |
魚類 | ||
フグ類 | 日本、シナ海 | テトロドトキシン |
バラフエダイ | 南日本、インド洋 | シガトキシン |
軟体動物 | ||
ムラサキイガイなど | 世界各地 | サキシトキシン |
イモガイ | 南太平洋、南西諸島 | コノトキシン |
ヒョウモンダコ | 太平洋 | テトロドトキシン |
腔腸動物 | ||
カツオノエボシ | 熱帯、亜熱帯 | フィザリトキシン |
a.ヘビ毒
毒ヘビによって世界では年間50万人が咬傷をうけ、4万人が死亡しています。わが国では、マムシにより3、000人が受傷し、約10人が死亡しています。沖縄、奄美諸島では、ハブにより年間300人が受傷しています。最近は、抗毒素血清の治療により、死亡者は減少していますが、大きな後遺症を残します。最近、無毒であると思われていたヤマカガシに、中学生が咬まれ、死亡しています。その後、ヤマカガシの毒が調べられ、現在では、抗毒素血清が作られています。
ヘビ毒は、その作用から神経毒、出血毒、筋肉毒に分けられます。ヘビの神経毒はその作用部位から4種類に分けることが出来ます。毒の作用部位については、図1に示します(図1:神経筋接合部における動物毒の作用部位、文献5より引用)。
図1
ヘビ毒の作用の第1として、東南アジア、台湾に分布するアマガサヘビより単離されたα-ブンガロトキシンは神経筋接合部のシナプス後膜(筋肉側)のニコチン性アセチルコリン受容体と結合します。そして、神経終末から放出される神経伝達物質アセチルコリンの結合を妨げます。その結果、筋肉は弛緩します。
第2の神経毒、β-ブンガロトキシンはホスホリパーゼA2活性をもち、神経筋接合部の神経側の膜に作用して、アセチルコリンの放出を妨げます。その結果、筋肉は収縮することができません。
第3の毒、アフリカのマンバから分離されたデンドロトキシンは神経のカリウムイオンチャネルを阻害して、カリウムイオンの神経からの放出を妨げます。そのために、興奮が元に戻らず、アセチルコリンの放出が続き、筋肉は収縮した状態が続きます。
第4の毒、マンバのファシキュリンはシナプス後膜のアセチルコリンエステラーゼの働きを阻害します。そのために受容体に結合したアセチルコリンの分解が妨げられ、興奮が持続した状態になります。筋肉は収縮した状態が続きます。このように、コブラ科のヘビは強い神経毒をもち、捕食動物の動きを短時間で止めることが出来ます。
わが国でみられるヤマカガシ、マムシ、ハブは血液に作用する毒をもっています。この毒は血液のプロトロンビンを活性化させ、血管内に微小な凝固を引き起こします。その時、フィブリノーゲンや凝固因子が消費され、逆に血液が止まらなくなります。腎では微小な血栓のために急性腎皮質壊死を引き起こします。また、ヘビ毒が血管内皮に作用して、全身的な出血を引き起こします。
ヘビ咬傷の治療には抗ヘビ毒血清の投与が治療法の主要なもので、それぞれの毒ヘビに特異的な抗血清を使うことが必要になります。また、同時に、呼吸管理、腎機能不全に対する治療が必要になります。また、抗血清投与によるアレルギー反応の治療も必要になります(文献、1,2)。
b.
サソリ毒
メキシコではサソリ刺傷で年間2、000人の死亡者が見られ、イスラエル、インドにおいても、サソリ刺傷による高い死亡率が報告されています。
α-サソリ毒は神経のナトリウムチャネルが閉じるのを遅らせる作用を持つために、筋肉の収縮が長引くことになります。もう一つのサソリ毒、ティティウストキシンはナトリウムチャネルに作用して、ナトリウムイオンの流入を増大し、興奮を高めるように作用します。そのために筋肉の痙攣がおこり、呼吸が出来なくなります。治療には抗サソリ毒血清が有効です。
c. クモ毒
オーストラリアにはセアカゴケグモ、北米、中米にはクロゴケグモが生息しています。クモの咬傷による死亡例はまれですが、アメリカでは10年間に27人が死亡しています。
ゴケグモからα-ラトロトキシンが分離されています。この毒は神経筋接合部の神経側に作用して、カルシウムイオンを流入させます。その結果、アセチルコリンの急激な放出があり、その後、シナプス小胞の枯渇を招きます。筋肉の痙攣、血圧の上昇、発汗をもたらし、その後、虚脱状態になります。
治療は抗ゴケグモ毒血清の投与になります。ゴケグモの名前の由来は交尾後、雌が雄を食べることがあるので、 widow spider (後家グモ) とよばれたといわれています。また、大きなタランチュラは多くの人に毒グモと思われていますが、めったに人を咬むことはなく、このクモの咬傷で死亡したという記録はありません(文献3)。
d. ハチ毒
ハチ刺傷は熱帯、亜熱帯に広く見られ、ミツバチ、オオスズメバチ、アシナガバチなどによって起こります。わが国では、1984年には73人の死亡者がみられ、ほぼ毎年、50人ほどの死亡者が報告されています。米国においても、同じぐらいの死亡者数です。
ミツバチ毒はアミン類(ヒスタミン、ノルアドレナリン)、酵素(ホスホリパーゼA2)、ポリペプチド(メリチン、アパミン、MCD-ペプチド)のカクテルです。ハチ毒の強さはマムシの毒力とほぼ同じですが、一回に注入される毒の量はヘビに比べごく微量で、毒で人が死亡するはずはありません。しかし、ハチに刺されて死亡する人の数は、ヘビの咬傷による死亡数より、かなり多いものです。これは、アレルギー反応によります。ミツバチに度々刺されると、ホスホリパーゼ
A2が抗原となり、I型アレルギーを引き起こします。全身的な急性炎症反応、浮腫、分泌物による気道の閉塞などにより、呼吸ができなくなり短時間で死亡します。
ハチ刺傷によるアレルギーに対する予防として、純粋なハチ毒抗原を少しずつ注射をして、IgG抗体を作らせ、体内に入ってくるハチ毒を中和させる免疫療法(減感作療法)が行われています。
3.海洋生物の毒
a. テトロドトキシン
わが国において、1985年から1994年まで10年間に443人のフグ中毒の報告があり、そのうち42人が死亡しています。フグ毒はテトロドトキシンという非蛋白性化合物で、海洋細菌群(ビブリオ属など)によって作られ、食物連鎖によって、最終的にフグの卵巣や肝臓に蓄積されます。
テトロドトキシンはフグだけに見られる毒ではなく、かなり広い動物種にもみられます。ヒョウモンダコ、ツムギハゼ、スベスベマンジュウガニ、カルフォルニアイモリ、コスタリカのカエルなどにも見つかっています。
テトロドトキシンは神経細胞の膜のナトリウムイオンチャネルの蛋白と結合し、ナトリウムイオンの流入を妨げます。そのために神経での興奮の伝導が中断されます。また、この毒は筋細胞の膜のナトリウムイオンチャネルも阻害します。その結果、神経と筋肉の両方に麻痺をおこし、呼吸ができなくなり、死亡します。解毒剤はなく、取り込まれた毒が分解、排出されるまで、長時間に及ぶ呼吸管理が必要になります。
b. シガトキシン
熱帯太平洋とカリブ海の珊瑚礁の周辺に生息する魚を食べると、シガテラという食中毒にかかることが知られています。世界的には、年間6万人がこの急性食中毒にかかり、食中毒としては世界最大規模と考えられます。わが国でも、ドクカマス、バラフエダイ、ヒラマサなどを食べ、この食中毒に罹っています。
原因毒、シガトキシンは単細胞の渦鞭毛藻Gambierdiscus toxicus で生産され、この鞭毛藻の付着した藻類を食べる藻食魚から肉食魚へと食物連鎖によって毒が移行して、最終的にこれらの魚の肝臓に蓄積されます。
シガトキシンはテトロドトキシンの作用とは反対に、神経筋接合部において、神経側のナトリウムチャネルを持続的に開口させ、ナトリウムイオンを流入させます。その結果、アセチルコリンの放出を促進させ、筋肉を収縮させることになります。筋肉痛や温度感覚の逆転を引き起こします。わが国では、死亡例はありませんが、症状の回復には数ヶ月が必要といわれます。
c. サキシトキシン
二枚貝(ムラサキイガイ、マガキ、ホタテ貝など)の中腸腺にサキシトキシンが見いだされることがあります。1987年、ガテマラで187人が貝を食べて、食中毒を引き起こし26人が死亡しています。最近は、アジアでも、貝の毒化が度々報告されるようになりました。
サキシトキシンの生産者は赤潮を形成する渦鞭毛藻プランクトン類 (Alexandrium種)で、このプランクトンを取り込んで、貝が毒化します。その貝を喫食すると、麻痺性貝中毒になります。サキシトキシンの薬理作用はテトロドトキシンをほとんど同じで、口や手足の感覚が麻痺し、呼吸筋麻痺で死亡します。麻痺性貝中毒にたいして有効な治療法はありません。
この毒は南西諸島に生息するスベスベマンジュウガニにも見いだされ、この毒ガニによる食中毒が知られています。
この毒性はかなり強く、生物兵器になるものとして国際的に登録され、1995年から、製造や所持が厳しく規制されています。
d. イモガイの毒
南西諸島の浅瀬には大形の貝(7−15cm)で円錐形の殻を持ったイモガイが見られます。この貝は毒の入った歯舌 (銛のようなもの)を吻より放出して、小さな魚を刺し、麻痺させて捕らえます。このイモガイ(アンボイナ)による刺傷例がわが国において17例報告され、7人が死亡しています。
イモガイの毒、コノトキシンは神経筋接合部でアセチルコリン受容体、ナトリウムチャネル、そして神経終末のカルシウムチャネルなどを阻害し、筋肉は即座に麻痺します。
4.まとめ
ヘビ、ハチ、サソリのように動物自身で毒を生産し、餌生物の捕食や防御のために用いている動物と魚類や貝類のように細菌や渦鞭毛藻類の生産した毒をとりこみ、蓄積する動物があります。フグのように泳ぎの遅い魚にとっては、その毒を自分の防御や種族維持に用いているように思われます。また、最近はイソギンチャク、カツオノエボシなど海洋生物から、多くの新しい毒が見いだされています。
このように私たちの周りには、いろいろの有毒生物がみられます。素人が調理をしたフグや、自分で捕らえた貝やカニで食中毒を引き起こしています。また、海岸ではレクレーションやスキューバダイビングの際に、ウミヘビ、クラゲなどに不注意に触れ、被害を受けています。
ヘビ毒、サソリ毒、クモ毒、オニダルマオコゼの毒のような蛋白性の毒による刺咬傷には抗毒素血清による治療が有効ですが、フグの毒のように非蛋白性の毒については現在、解毒剤はみられません。
有毒動物による被害では、毒素のために呼吸麻痺によって死亡することが多く、救命のために、呼吸管理を中心とした全身管理が必要と考えられます(文献4)。
文献
1. Karalliedde, L.: Animal toxins. Br. J. Anaesth. 74: 319-327, 1995.
2. Senanayake, N. and Roman, G. C.: Disorders of neuromuscular transmission
due to natural environmental toxins. J. Neurol. Sci. 107: 1-13, 1992.
3. Conniff, R.: Tarantulas. National Geographic. 190: 99-115, 1996.
4.宇仁茂彦、小倉 壽:動物毒、臨床麻酔、20,1009-1015,1996.
5.宇仁茂彦、西尾恭好:動物毒−伝説と事実、検査と技術、25:88-92,1997.