ご挨拶

教授ごあいさつ

院長写真

歴史

 大阪市立大学医学部は1944年に設立されました。第一内科は小田敏郎先生が昭和1948年に初代教授に就任されました。その後、塩田憲三先生、武田忠直先生、吉川純一先生と教授を歴任され、2006年4月に私が吉川純一先生の後任として、五代目の教室の教授に就任しました。その後、呼吸器内科が第一内科より独立しました。現在の第一内科は循環器内科と膠原病内科であり、外来および入院診療を引き続き行っております。第一内科教室としての大学院の名称は、大阪市立大学大学院循環器内科であります。

 

決意

 顧みて、私は1981年に大阪市立大学医学部を卒業し、第一内科に入局、初期研修中に循環器病学の魅力に取りつかれてその分野の研鑽に努めてまいりました。その間、1985年には国立循環器病センターの冠動脈疾患集中治療室で臨床研修、また1991年から米国ミネソタ大学で心筋代謝の基礎研究にかかわった経験は貴重なものでありました。「あるべき医師の姿」の追求、不治の病を克服したいという初心にはいささかの揺るぎもありません。また母校の大阪市大を愛し発展させたいという情熱は私の生きがいそのものであります。特に、多くの先輩から常に患者中心の医療の実践、良き臨床医の育成、意欲的な研究活動について薫陶を受けて参りましたが、こうした伝統的な精神を後輩の医師たちに受け継いでもらいたいという思いはひとしおです。その意味で能力、人格ともに秀でた医師を世に送り出す教育という大学の使命に全力を傾注したいというのは私の本懐であります。これらを踏まえて、教室の理念は、「循環器病学の研究、医療、教育に精進することにより、自己の医師としての成長を図り、患者さんのためにつくす」としております。

 

研究

 総論的に現在の臨床研究の水準を発展させることが至上の命題と心得ますが、同時に私は基礎研究と臨床研究を同時進行性で担うトランスレーショナルリサーチに意欲的に取り組みたいと考えています。たとえば、急性心筋梗塞の発症メカニズムに決定的な意味を有するプラーク破裂では、プラーク内の炎症細胞の存在に着目して病理学的に検討して参りました。また、私は難治性心不全の病態の主軸である心筋リモデリングと呼ばれる心筋の構造/機能の変化に関し、その細胞内分子機序の研究を多面的に継続してきて、やはり心筋前駆細胞が重要な役割を担っていることを見出しています。さらに一連の研究成果の臨床面への応用として、アンジオテンシンⅡ受容体ブロッカーが心筋梗塞後の心筋保護並びに筋リモデリング抑制に効果があるとの発表は内外で反響を呼び、以後の心筋梗塞後の治療薬開発に一定の貢献ができました。さらに、AMEDより研究費を頂いて世界初の急性心筋梗塞の虚血再灌流障害抑制の臨床研究を行っています。オプレルベキンというIL-11製剤でありますが、米国で抗がん剤副作用により血小板減少症のみ使われている薬剤であります。今回は、薬剤のリポジショニングという概念で急性心筋梗塞の患者さんに再灌流療法を始まる前から投与して心筋細胞障害を少なくする治療する方法であります。前臨床研究ではすでに有効性は確認されています。オプレルベキンを急性心筋梗塞患者に使用するのは世界初であり、現在その臨床研究を世界に先駆けて行っています。いずれにしましても、今後、急性心筋梗塞、難治性心不全といった循環器病の最難関の克服において、基礎系教室との共同研究体制に重点を新たな医療を模索したいと願っています。

 

まとめ

教育、臨床、研究を通じてアクティビティーを高め、新たな大阪市大の歴史を切り開ける教室へ、循環器内科は一層の精進を重ねる所存であります。