再生不良性貧血
Refをクリックしていただくとreference abstractが表示されます(Pub Med)

骨髄生検像(×400)
骨髄は脂肪髄で占められ、造血細胞は認められない

解説
はじめに
 再生不良性貧血は造血幹細胞減少に基づく骨髄機能低下によって発症、末梢血にお
ける汎血球減少症と骨髄低形成を特徴とする骨髄不全症の一つです。先天性と後天性
に分類でき、先天性はFanconi貧血、後天性のほとんどは原因が判然としていない特発
性、それ以外に薬剤性、放射線、ウイルスによって起こるものがあります。
再生不良性貧血はその経過中に発作性夜間血色素尿症、骨髄異形成症候群に移行す
ることもあり、これらの疾患は一括して骨髄不全症候群と称されています。

病態
 原因については前述したように明らかではありませんが造血幹細胞自体の異常、造血
幹細胞をとりまく微小環境異常、免疫学的機序に伴う造血幹細胞障害が考えられていま
す。ほとんどの例で免疫学的機序が原因であり、自己Tリンパ球が造血幹細胞を攻撃す
ることによって、汎血球減少が生じると考えられています。最近の研究では遺伝子変異
が一部の再生不良性貧血に認められ、その発症に関与していることも明らかになってお
ります(このような例では薬物治療に抵抗性を示します)(Ref 1)。

 再生不良性貧血例の骨髄細胞培養培地からリンパ球を除去すると増殖が促進され、
正常骨髄細胞培養培地管内に再生不良性貧血例のリンパ球を加えることで増殖が抑制
されることにより、リンパ球が再生不良性貧血発症に重要な役割を果たしていることが
わかりました(Ref 1)。加えて臨床的にはシクロスポリンや抗胸腺細胞グロブリンなどの
T細胞を選択的に傷害する薬剤によって改善することよりリンパ球の中でもTリンパ球が
強く関与していることが判明しております。造血幹細胞を傷害する経路として造血幹細胞
上に存在する特定の抗原を認識、細胞傷害性Tリンパ球が造血幹細胞を直接攻撃を行
うことが考えられています。実際、この特定抗原に対する自己抗体が数種類判明してお
ります。また患者血液中のインターフェロンγ、腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor-
α)と呼ばれるサイトカイン上昇が認められ、Tリンパ球の間接的な関与としてこれらサイ
トカインが造血抑制に作用することが原因の一つとして考えられています(Ref 2)。これ
ら細胞傷害性T細胞増加の一つの原因として細胞傷害性T細胞を制御するT細胞の減少
も報告されています(Ref 3)。

 T細胞による細胞傷害を簡易に証明する方法として開発されたのがPNH血球の同定
す。PNH血球とは遺伝子突然変異を起こした異常造血幹細胞に由来する
glycosylphosphatidyl inositol(GPI)アンカー膜タンパクを欠く血球です。このPNH血球を
産生するPNH造血幹細胞は細胞間の接着に必要なGPIアンカー膜タンパクを欠いてい
るために細胞傷害性T細胞との接着が妨げられ、その結果、PNH陽性血球が生き残り
PNH陰性血球と比較して相対的な増加が起こるわけです(Ref 4)。このPNH型血球を測
定する方法がフローサイトメトリー法です。GPIアンカー膜タンパクはCD55あるいは
CD59抗原として知られており、このCD55、CD59抗原を有する赤血球の割合を算出しま
す。CD55あるいはCD59陰性赤血球は健常者でもごく僅かに検出されますが(Ref 5)、
再生不良性貧血においてCD55あるいはCD59陰性赤血球が0.01%以上の陽性率を示
す症例が50-60%に認められます(Ref 6)(現行の保険適応されている測定法では1%
以上が陽性とされ、1%未満の症例が見逃されている可能性があります(中尾眞二: 骨
髄不全におけるPNH型血球検出の意義. 血液・腫瘍科 56;140-146,2008))。
PNH型血球陽性の再生不良性貧血患者は陰性患者に比較すると後述する免疫抑制療
法奏効率が有意に高く、長期予後も良好であることが報告されており、予後を推定する
上で重要な因子であるものと考えられますRef 7)。

臨床
重症度基準
 再生不良性貧血の重症度分類は治療方法の選択に関わりの深いものです。本邦にお
いては厚生労働省難治性疾患克服研究事業「特発性造血障害に関する調査研究班」が
まとめたものが主として使用されております(小峰光博、他: 再生不良性貧血診療の参
照ガイド. 臨床血液 47:27-68, 2006)。

再生不良性貧血の重症度分類
stage 1 軽症 下記以外
stage 2 中等症 以下の2項目以上を満たす
網赤血球 60,000/μl未満
好中球 1,000/μl未満
血小板 50,000/μl未満
stage 3 やや重症 以下の2項目以上を満たし、定期的な赤血球輸血を必要とする
網赤血球 60,000/μl未満
好中球 1,000/μl未満
血小板 50,000/μl未満
stage 4 重症 以下の2項目以上を満たす
網赤血球 20,000/μl未満
好中球 500/μl未満
血小板20,000//μl未満
stage 5 最重症 好中球200/μl未満に加えて、以下の1項目以上を満たす
網赤血球 20,000/μl未満
血小板 20,000/μl未満


治療
 軽症、中等症では、日常生活に支障を来すことがないので無治療で経過観察いたしま
す。血小板数が5万以下、汎血球減少が進行した場合には治療対象となりますが、輸血
非依存性例で早期治療が予後を改善するという明らかなエビデンスはなく、経過観察が
選択される場合もあります。治療については後述いたします抗ヒト胸腺細胞ウマ免疫グ
ロブリン(リンフォグロブリン)が第一選択となりますが、アレルギー反応などの重篤な副
作用があること、そのため入院治療が必要であること、一時的に汎血球減少が進行す
るため輸血が必要になる場合があることを説明する必要があります。希望しない場合に
シクロスポリンあるいは蛋白同化ホルモン(酢酸メテノロン;プリモボラン)の投与を行
います。

 重症例(stage 3、4、5)が積極的な治療対象となって参ります。治療法としてまず考慮
されるのが同種移植と免疫抑制療法となります。

日本造血細胞移植学会の移植適応
重症度
年齢
HLA適合同胞
HLA適合非血縁
初回治療
VSAA
40歳以下
D
NR
SAA
40歳以下
D/R
NR
SAA
40歳以上
R
NR
免疫抑制療法不応例(効果は6ヶ月の観察期間の後に判定する)
VSAA
any
D
D
SAA
any
D
D

(1)同種造血幹細胞移植
 再生不良性貧血に対する造血幹細胞源についてはヨーロッパ骨髄移植グループの解
析において末梢血幹細胞移植を受けた症例は骨髄移植を受けた症例に比べて慢性移
植片対宿主病の頻度が増えるため生存率が有意に低下することが報告されています。
本邦でも同様の傾向が認められていることより、ドナーの骨髄が採取困難な場合、ドナ
ーの体重が患者体重と比較して著しく軽い場合(十分量の採取が不可能となります)、移
植後早期に感染症を来す可能性が高い場合、を除いては骨髄移植が推奨されています
Ref 8
血縁者間移植の場合には移植前に行われる前処置治療についてシクロフォスファミド大
量療法(200mg/kg)に低線量の全身放射線療法あるいは全リンパ節放射線療法を合わ
せた治療が行われております。しかしながら放射線を使用することにより二次性腫瘍の
発症も指摘されており、非放射線照射療法も考案されております(Ref 9)。非放射線療
法としてシクロフォスファミドリンフォグロブリン抗ヒトTリンパ球ウサギ免疫グロブリン
(ゼットブリン)を併用した治療法が実施されています。しかしながら現時点ではこれらの
免疫グロブリン製剤を追加投与することによる有意性を示すデータはなく、結論的なこと
は言えません(Ref 10)。
非血縁者移植ではシクロフォスファミド、リンフォグロブリンあるいはシクロフォスファミド
を減量しフルダラビンを使用および低線量放射線療法を併用した骨髄非破壊的造血幹
細胞移植も試みられておりますが、現時点では研究的段階と言えます(Ref 11Ref
12)。
 1. 40歳未満の患者のHLA一致同胞間骨髄移植の長期生存率は80〜90%に対して、
40歳以上では60〜70%となっております。従って、患者が40歳未満で最重症である場合
は絶対適応となります(移植を希望する場合)。年齢が40歳以上では免疫抑制療法が第
一選択と考えられます。
 2. 非血縁者間骨髄移植はHLA一致同胞間骨髄移植、免疫抑制療法の成績よりも劣っ
ているため(20〜40歳未満の長期生存率は50〜60%、40歳以上では30%)、HLA一致
同胞がいない場合には初回治療は免疫抑制療法が第一適応となります。
 3. 免疫抑制療法が無効(投与後6ヶ月以内)であった場合、日本造血細胞移植学会の
ガイドラインでは非血縁者間移植の適応となります。厚生労働省調査研究班のガイドで
は免疫抑制療法で改善徴候が認められた場合には再度免疫抑制療法を行うことが推
されています。欧米の臨床研究では2回目の免疫抑制療法の有効性が示されていま
すが、本邦においてリンフォグロブリン無効時に認められているゼットブリンの有効率は
低く、リンフォグロブリンの再投与も念頭に置く必要があるとしております。ウマ由来製剤
の複数投与となり、重篤なアレルギー反応を惹起する可能性があります。従って、施設
内の倫理委員会を通すべきであり、また多施設共同研究として行い、有効性と副作用に
ついて明らかにすることが望ましいとされています。
 4.HLA一致血縁者ドナーがなく、免疫抑制療法が無効であった症例に対して、HLA不
一致血縁者、HLA一致非血縁者、臍帯血などのドナーからの移植を考慮する必要があ
ります。多数例の検討報告は少なく2006年の欧米からの報告ではHLA1抗原不一致血
縁者、2抗原以上不一致血縁者ドナー、一致非血縁者ドナー、不一致非血縁者ドナーの
4群間の生着不全率(15-21%)、生存率(30-49%)に差は認められていないとされてい
ます(Ref 13)。

(2)免疫抑制療法
 40歳未満でHLA一致同胞がいない症例と40歳以上の症例に対してはリンフォグロブリ
ンとシクロスポリン併用療法を行います。投与量はリンフォグロブリンは15mg/kg(5日
間、12時間以上)、シクロスポリンは6mg/kgで開始します(血中トラフ濃度を150〜250ng
/ml)。リンフォグロブリンによるアレルギー病予防のためプレドニン(あるいはメチルプ
レドニゾロン)を併用し、適宜漸減していきます。シクロスポリン投与を3ヶ月まで続け、効
果判定を行い、
(a)反応している症例に対してはあと3ヶ月投与を続行、その後血球数が安定した時点で
漸減していきます。
(b)反応に乏しい症例に対してはシクロスポリンに蛋白同化ホルモン(男性ホルモン:プリ
モボラン 10-20mg/日(分2 or 分3))を追加投与いたします。女性の場合にはプリモボ
ランによる副作用(男性化)のために、ダナゾール(ボンゾール300mg/日)に変更するこ
とも考慮します(再生不良性貧血にて保険適応はありません)。この治療を3ヶ月続け、
回復の徴候があれば初回治療と異なるゼットブリン(5mg/kg、5日間、4時間かけて点
滴)とシクロスポリン併用療法を行います。
 これらの免疫抑制療法に加えて、顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte-colony
stimulating factor、G-CSF)を併用する場合があります。G-CSFの併用については抗
中級回復が早まるものの生存、血液学的効果、二次性白血病に差が認められない、あ
るいは二次性骨髄異形成症候群と急性骨髄性白血病の発症頻度を増加させるという報
告があり、評価が定まっておりません。本邦においては2007年に特発性造血障害に関
する調査班が中心になって行われた成人重症再生良性貧血に対する抗ヒト胸腺細胞免
疫グロブリンとシクロスポリン療法におけるG-CSFの多施設無作為比較試験の結果で
は、(1)G-CSF投与群と非投与群の間では4年生存率、治療開始後12週間の感染症の
併発率、骨髄異形成症候群あるいは急性白血病への移行については差が認められな
かったこと、(2)G-CSF投与群では治療後6ヶ月の血液学的改善率が高かったこと、(3)4
年後の再発率が有意に低値であったことが報告されました(Ref 14)。

2008年3月17日初稿
トップへ
戻る