多発性骨髄腫治療1

1.化学療法

 多発性骨髄腫の治療は長年、メルファランプレドニン併用療法が施行され、完全寛
解には至らないが病勢進行を止めて、生存期間を延長させることを目標とされていまし
た。このメルファラン、プレドニン併用療法の成績を更に上回ることを目的としてアルキ
ル化剤を中心とした多剤併用療法が考案されましたが、MP療法を超える治療は証明さ
れておりません。これらの結果を受けて、自家移植の導入が図られました。自家移植に
よって完全寛解率上昇、腫瘍進行期間、生存期間延長させることが可能であるこが証
明され、初期治療戦略の一つとして位置づけられるようになりました。しかしながら再発・
再燃症例も多数みられ、このような症例に対してサリドマイドあるいはボルテゾミブ治療
が欧米を中心に施行され、効果を上げております。これらの薬剤を初期治療に組み込ま
れた臨床研究も欧米で施行されておりますが、本邦ではサリドマイドは未承認、ボルテゾ
ミブは再発症例に限られているのが現状です。

I.治療対象
 SWOG分類で多発性骨髄腫、Durie&Salmon病期分類でstage Iと診断された症例
(IMWS分類においてはくすぶり型骨髄腫に相当します)については診断後早期に治療を
行っても生存期間を延長しないことが証明されており(Ref 1)、骨髄腫の進行を認めるま
で経過観察にとどめることが適当とされています。またくすぶり型骨髄腫については臓器
障害が出現するまでは治療を控える方が妥当であるとされております(Ref 2)。従って治
療対象となるのはISS分類、Durie&Salmon病期分類でstage II、IIIの症例が対象となり
ます。

II.化学療法
(1)メルファラン・プレドニゾロン併用療法
 stage II、IIIで66歳以上の多発性骨髄腫症例は自家移植の対象とはならず、化学療
法の対象となります。最もオーソドックスな治療がメルファラン・プレドニゾロン併用療法
です。多剤併用化学療法との比較試験では奏効率では劣っていたもの(60%vs.53%)
の生存期間延長効果は両者に有意差は認められておりません(Ref 3)。持続投与法と
比較すると骨髄抑制が少ないため最も頻用されている間歇投与法はメルファラン、プレ
ドニゾロンを4日間、4〜6週間毎に繰り返すもので、半数の症例において50%以上のM
蛋白量減少効果が得られます。本治療法によりM蛋白が減り止まり、貧血、臓器障害が
認めない状態が3ヶ月以上持続した安定した時期(プラトー)に達した時点で骨髄腫は
(治癒でも抵抗性でもない)沈静化した状態(Ref 4)であり、このプラトーを確認した時点
で治療は中止することが推奨されています。本治療法は経口投与であるために効果発
現までに時間がかかるため、急速に骨病変を含めた臓器障害が進行する症例に対して
は適しておりません。
(2)シクロフォスファミド・プレドニゾロン併用療法
 経口シクロフォスファミド・プレドニゾロン併用療法はメルファラン・プレドニゾロン併用
療法に抵抗性症例に対しても有効と報告されています。また静注シクロフォスファミド
200-400mg/sqを毎週投与する治療法はメルファラン、経口シクロフォスファミド耐性の
症例に対しても有効であり、副作用の面でも多剤併用化学療法よりも少ないと報告され
ています。
(3)デキサメタゾン大量療法
 デキサメタゾン40mg/日を4日間、2週間毎に効果発現まで続け、それ以降は4週間毎
に投与する治療法です。初期治療としての奏効率は43%、骨髄抑制もなく、効果が迅速
なため腎不全症例に対しても使用可能です。
(4)VAD療法
 再発、難治骨髄腫に対する救援療法としてBarlogieらによって報告されました。難治症
例に対して非常に有用ですが、効果持続期間が短く長期にわたる生存期間延長効果は
認められておりません。未治療骨髄腫に対しては非常に高い奏効率(60-80%)、効果
発現までの期間が短く、造血幹細胞採取が可能であることから、自家末梢血幹細胞採
取前の初期治療として標準治療となりました。しかしながら本邦においてはそのMP療法
あるいは多剤併用化学療法と比較しても優位性はなく、4日間の持続点滴が必要なこ
と、感染症、心毒性などの副作用の面で
(5)サリドマイド(2008年10月16日 本邦製造承認)
  1999年に再発骨髄腫に対してサリドマイドの有用性が報告され、一躍脚光を浴びた
薬剤です。しかしながら過去には睡眠剤として使用されておりましたが、妊婦胎児に重篤
な薬害を引き起こしており、十分な安全管理体制を構築して使用することが必須です。
サリドマイドの骨髄腫に対する作用機序は完全には解明されておりませんがサリドマイド
は免疫調整薬であり、後述するNFκBの抑制を介して、細胞接着因子低下、血管新生
因子低下、抗アポトーシス因子低下、アポトーシスシグナルへの感受性を高める、骨髄
腫細胞へIL-6などの増殖因子を供給するストローマ細胞の機能を低下、宿主NK細胞
機能を活性化することにより抗腫瘍効果を高める、などの作用を有しております。
 治療成績
 その単剤としての有効率は25-35%と報告、生存期間中央値は14ヵ月、有害事象とし
ては傾眠、便秘(50%以上、高齢者では早期に出現し、重篤な場合がある)、末梢神経
障害(投与期間が12ヶ月を超えると70%に出現、知覚障害→運動障害→自律神経障害
の順で出現、中止しなければ不可逆になることもある)、皮疹、血栓症、心機能異常、好
中球減少(3-15%)、血小板減少(好中球減少を来した症例に多い)が報告されていま
す。深部静脈血栓症はサリドマイド単剤投与では5%程度ですが、他の抗癌剤と併用す
ることにより高率(20%)に合併することが報告され、アスピリンによる血栓予防が勧め
られています。しかしながらデキサメタゾンやアルキル化剤(メルファラン、シクロフォスフ
ァミド)と併用することにより50-70%の奏効率が得られております。
 これまで初期治療に用いられてきた(a)デキサメタゾン大量療法、(b)オンコビン、アドリ
アマイシンおよびデキサメタゾン併用療法(VAD療法)とサリドマイド、デキサメタゾン併
用療法との比較試験が行われ、有意にサリドマイド、デキサメタゾン併用療法の奏効率
が優れておりました((a)42%vs.58%、(b)52%vs.76%)。しかしながら深部静脈血栓症
および末梢神経障害の比率は有意に上昇を示していました。
 移植適応のない高齢者におけるMP療法とMP療法にサリドマイドを併用したMPT併用
療法の無作為試験の結果はMP療法126例中9例(7.6%)、MPT療法129例中36例(27.
9%)がCRないしnear CRに到達、進行・再発または死亡はMP療法126例中62例
(49%)、MPT療法129例中42例(33%)、2年無イベント生存率はMP療法27%、MPT療
法54%、3年生存率はMP療法70%、MPT療法89%といずれもMPT療法はMP療法と比
較すると良好な成績が得られております。MPT療法の有害事象は血液毒性、血栓閉塞
症、感染症、末梢神経障害、心毒性(9例発症し、いずれも70歳以上)であり、11例の死
亡例も報告されております(MP療法は6例)。
  欧米では400〜800mg/日の投与量で使用されています(400mg/日の施設が最多)。し
かしながら本邦では副作用が強く(特に白血球減少、末梢神経症状)、200mg/日が使用
され、治療成績には欧米と遜色ない結果が得られております。
 自家造血幹細胞移植が適応となる未治療骨髄腫患者に対するサリドマイド投与につい
てサリドマイドは幹細胞採取効率を低下させるものの治療早期であれば問題はなく、欧
米ではVAD療法に代わってサリドマイド・デキサメタゾン併用療法が初期治療に使用さ
れております。
(6)レナリドマイド(本邦未承認)
 前述したサリドマイドは深部静脈血栓症、末梢神経障害、便秘など様々な副作用が問
題となります。そこで米国Celgene社は腫瘍特異性を高めたサリドマイド誘導体であるレ
ナリドマイドを開発しました。
 臨床第I相試験では4週間以上投与する際の最大耐容量(血液毒性が問題)は25mg/
日と結論(Richardson PG 2002 Blood 100, 3063)、サリドマイドで問題となる眠気、便
秘、末梢神経障害は軽微であることが報告されました。臨床第II相試験ではレナリドマイ
ド(30mg)を1日1回投与群と15mgを1日2回投与群に振り分け、実施されました。効果
発現までの期間は5.5ヶ月vs.1,8ヶ月と前者が早かったのですが血液毒性の発症がそれ
ぞれ69%vs.80%であったことより、前者が至適投与法とされました(Richardson PG
2006 Blood 108 3458)。また奏効率(完全寛解+部分寛解)は18%vs.14%、無増悪期
間中央値は7.7ヶ月vs.2.9ヶ月と報告されています。
 臨床第III相試験はレナリドマイド+大量デキサメタゾン療法とプラセボ+大量デキサメ
タゾン療法の比較試験によって行われました。治療方法は1レジメン以上の既治療歴の
再発・難治性骨髄腫症例でデキサメタゾン抵抗例は除外、レナリドマイド25mg/日(もしく
はプラセボ)を21日間内服し、7日間休薬を1サイクルとし、デキサメタゾン40mg/日を第
1〜4、第9-12、第17-20日(第5サイクル以降は第1-4日のみ)の内服を併用し、骨髄腫
の増悪もしくは許容できない有害事象が発生するまで継続されました。2つの大規模試
験(MM010試験(およびMM009試験)が行われ、奏効率は60%vs.20%、61%vs.20%、
無増悪期間中央値は11.3ヶ月vs.4.7ヶ月、11.1ヶ月vs.4.7ヶ月と、両者の試験はともにレ
ナリドマイド群の有用性を報告しました。特にサリドマイド治療歴のある症例についても
有効と報告しております(ただし無増悪期間中央値は短縮)。grade 3以上の好中球減少
(25-41%)、血小板減少(11-15%)が高頻度に発症しましたが、傾眠、便秘、末梢神経
障害は10%未満でした。また深部静脈血栓症など血栓症は20-30%と高頻度であり、抗
血栓薬の予防投与が必要となっております。
(7)ボルテゾミブ
 作用機序
 骨髄腫細胞が骨髄ストローマ(支持)細胞に接着すると種々のサイトカイン産生が誘導
されます。その中でもIL-6は骨髄腫細胞のIL-6受容体に結合すると、細胞質内情報伝
達経路が活性化され、増殖を引き起こすこととなります。骨髄腫細胞の生存・増殖のシ
グナル伝達に重要な役割を果たす転写因子の一つであるNFκBはIκBと呼ばれる蛋白
と結合することによって普段は不活性化されています。ここに過剰なIL-6の刺激が入る
とIκBが分解され、NFβκBが活性化し、サイトカイン産生を誘導、特にこの中にIL-6も
含まれるため骨髄腫細胞自身の増殖を促進することとなります。他のサイトカインにより
血管内皮細胞接着、血管新生を促進し、骨髄腫細胞の増殖をバックアップします。IκB
はプロテアソームと呼ばれる蛋白分解酵素で分解されますが、ボルテゾミブはこのプロ
テアソームに結合してIκB分解を阻害する低分子化合物です。ボルテゾミブの作用はこ
れだけに留まらず骨髄ストローマ細胞からのサイトカイン分泌抑制、血管内皮細胞接着
抑制、血管新生抑制などの多彩な役割を果たすことが報告されております。
 本邦においては2006年12月に再発・治療抵抗性骨髄腫症例に対して保険承認されま
した。本邦における治験では肺合併症が報告されておりますが、保険承認後の調査に
おいては急性肺障害・間質性肺炎は4.2%(22例/525例)、その内死亡は2例と報告され
ています。その他、副作用として重要なもの末梢神経障害と血小板減少があります。末
梢神経障害は特に下肢の疼痛・知覚障害・しびれがあり、前治療にサリドマイド、ビンク
リスチン投与例での発症率が高くなります。疼痛を伴う末梢神経障害を生じた場合には
直ちに休薬する必要があります。血小板減少は休薬中に回復しますが、3万以下まで減
少した場合には第1、4、8、11日の投与を1回省略し、経過中2回省略する必要があれば
25%減量する必要があります。
 ボルテゾミブは肝で代謝されるため、肝機能異常症例を有する症例については投与を
避けるべきとされていますが、透析を含め、腎障害症例に対しては投与可能です。
 治療成績
 (a)第I・II・III相臨床試験
 第I相試験においてはボルテゾミブ1.3mg/sqを週2回投与、2週間行い、1週間休薬する
ことが標準的投与スケジュールとして推奨されました。
 第II相試験では第1、4、8、11日にボルテゾミブを投与し、1週間休薬する3週間サイク
ルの治療法が検討されました。対象は前治療歴のある再発・難治性骨髄腫の症例で
193例中7例(4%)の完全寛解例を福見、有効率は35%、無増悪生存期間はボルテゾミ
ブ有効例で13.9ヶ月、無効例で1.3ヶ月(全体で7ヶ月)、50%生存期間は有効例では
50%に達せず、長期有効性が証明されております。
 大規模第III相試験(APEX試験)では1回以上の治療歴のある骨髄腫症例をデキサメ
サゾン336例(Dx群)、ボルテゾミブ336例(Bo群)に無作為登録し、治療を行っておりま
す。完全寛解と部分寛解を合わせた有効性はBo群38%、Dx群18%、無増悪生存期間
Bo群6.22ヶ月、Dx群3.49ヶ月、1年生存率Bo群80%、Dx群66%
といずれもBo群が優れていました。本試験のサブ解析ではボルテゾミブは投与初期(1.4
ヶ月)に奏効するも、完全寛解にいたるまでの期間は4.2ヶ月と時間を要することがわか
っており、初期に投与を中止することなく、可能な限り投与を続ける(8クール)ことが推
奨されています。
 これらの第I〜III相試験よりボルテゾミブの骨髄腫に対する効果明らかになり、薬剤耐
性克服を目的として他腫瘍薬と併用療法が開始されました。
 (b)ボルテゾミブを用いた難治性骨髄腫に対する治療
 本邦では他の抗癌剤との併用は避けるように勧告されておりますが、海外では併用療
法の種々の治験が進行しております。
 2006年、Berensonらは再発・難治骨髄腫34例に対してボルテゾミブとメルファラン(静
注)併用療法によりCR3例(免疫固定法陽性)、PR11例と報告、2007年、Palumboらは
ボルテゾミブ、メルファランにサリドマイドならびにステロイドを加えることによりvery
good PR以上の有効率が43%(5%の免疫固定法陰性CRを含む)と良好な成績を報告
しております。
 (c)ボルテゾミブを用いた未治療骨髄腫に対する治療
 海外では未治療骨髄腫に対する初回治療としてボルテゾミブが使用されています。単
剤投与(1.3mg/sqを6クール施行、2クール、4クールで効果判定を行い、2クールでPRに
達しない場合、4クールでCRに達しない場合にはデキサメタゾン40mgを併用)による治
療効果は88%(6コース終了後CR+PR)と報告されております。
 併用療法としてはボルテゾミブ、ドキソルビシンおよびデキサメタゾン併用療法が2005
年に報告されております。未治療骨髄腫21例に対してPR以上が20例(CR 5例と免疫固
定法が陽性であるnear CR 1例)と良好な成績であり、21例中20例は問題なく末梢血幹
細胞採取が行われ、18例に対してメルファランを前処置治療とした自家末梢血幹細胞
移植が施行されております。移植後の成績においてもCR 43%、near CR 14%と極めて
良好な成績が報告されました。
 65歳以上の自家移植の対象とならない未治療骨髄腫60例に対してMP療法にボルテ
ゾミブを併用した治療法においては19例(32%)のCRを含め、89%の有効率が見られ、
MP療法との比較では有効率(89%vs.42%)、無イベント生存率(83%vs.51%)、生存率
(90%vs.62%)いずれも上回っていました。

平成20年4月8日初稿
平成21年3月25日レナリドマイド等追加
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