発作性夜間血色素尿症

解説

 発作性夜間血色素尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria、PNH)は後天的に
phosphatidylinositol glycan- complementation class A遺伝子(PIGA)変異を獲得し
た造血幹細胞がクローン性には拡大し、溶血性貧血、血栓症まれに白血病を発症しま
す。造血障害の一部は再生不良性貧血や骨髄異形成症候群の場合と同じように免疫機
序で発生すると考えられており、これらの疾患は相互移行が認められ、一括して骨髄不
全症候群と称されます。
 根治治療としては造血幹細胞移植のみですが、重度の造血不全、致命的血栓症、激
しい溶血発作に限られます。それは従来の治療でもPNHは診断後長期生存が得られ、
現時点では移植関連死亡が多い同種移植を避けるからです。また2010年に本邦でも使
用可能となった抗補体第5因子抗体(eculizumabエクリズマブ)が溶血と血栓症の抑制
に著効を示すことも挙げられます。
 PNH赤血球は血球膜補体制御因子であるdecay-accelerating factor(DAF、CD55)
やCD59を欠損するため補体に弱く溶血しやすい状態です。DAF、CD59は
glycosylphosphatidylinositol(GPI)という糖脂質と結合して血球膜にとどまり補体制御
を行っています。 PNH血球ではPIGA変異のためにGPIが合成されず、DAFやCD59を
はじめとする一連のGPI結合型蛋白が血球膜から欠損します。溶血はPNH赤血球と補
体活性化の両者に依存するため、溶血の予防と治療にはそれぞれの対策が必要となり
ます。根本的なPNH赤血球の産生抑制は移植以外にはないため、溶血の抑制、すなわ
ちPNH赤血球の補体感受性の正常化する治療ならびに対症的治療となります。ヘモグ
ロビン尿の長期排泄による鉄欠乏に対しては鉄の補充を行いますが、貧血の改善は
PNH赤血球増加をもたらすため、鉄の補充は少量から開始します。また従来、溶血は慢
性的持続性溶血ですが、感染症、過労、手術などの誘因による一過性溶血亢進を生じ
ます(特に激しいものを溶血発作と呼びます)。溶血発作が起こると急激な貧血の進行、
遊離血漿ヘモグロビン産生、腎障害、腹痛、嚥下困難、血栓形成などが誘発されます。
発作の治療には腎保護として輸液、利尿、遊離ヘモグロビン除去のためハプトグロビン
点滴投与、貧血に対しては洗浄赤血球輸血を施行いたします。ステロイド剤の効果は定
まっておりません。
 1990年Yonemuraらが補体第9因子の先天性欠損症を合併したPNH患者の生活の質
を損なうことなく予後が極めてよい事を報告、この報告を期として補体活性化を阻止する
ことにより持続的溶血あるいは溶血発作も積極的に予防しようとする試みが登場しまし
た。その一つがヒト補体第5因子に対する抗体薬エクリズマブ(商品名ソリリス)です。エ
クリズマブ臨床試験はパイロット第II相試験(Hillmen P, et sl. N Engl J Med 350:552,
2004)、海外第III相臨床試験としてTRIUMPH試験(Hillmen P, et al. N Engl J Med
355:1233, 2006)、SHEPHERD試験(Brodsky RA, et al. Blood 111:1840, 2008)、海外
第III相継続投与試験(Hillmen P, et al. Blood 110:4123, 2007)が実施されています。
 補体活性化経路はC5転換酵素形成までの前期補体活性化経路とC5活性化からC9
重合による細胞膜攻撃型補体複合体形成までの後期補体活性化経路に分類されます。
前述したようにGPI結合型補体制御因子としてはDAF(CD55)とCD59が存在します。
DAFは血球膜上でC3転換酵素とC5転換酵素を失活させて前期補体活性化反応を阻
止、CD59は後期補体活性化反応の終盤でC9の重合を阻止して細胞膜攻撃型補体複
合体形成を抑制します。エクリズマブはC5活性化反応を阻害するため、後期補体反応
を完全に阻止し、補体感受性PNH赤血球を溶血から守ることが可能となります(C5活性
が低下することにより髄膜炎菌を除去することができなくなるため、エクリズマブ投与症
例には予防として髄膜炎菌ワクチンの接種が推奨されています)。
 血栓症の発症機序として、まず血管内溶血が血栓形成を助長することが報告されてい
ます。溶血で発生する赤血球膜断片に存在するリン脂質が血漿中の凝固因子と触れて
凝固系が活性化され、また遊離ヘモグロビンが血小板を活性化すると同時にNOを吸収
し凝固や血栓形成を促します。血栓症の発症頻度はPNH赤血球クローン量と相関する
ため、エクリズマブによって溶血を阻止する事により、血栓防止も十分可能ということが
判明しています。欧米では重大な血栓症、血栓性静脈炎、深部静脈血栓、肺塞栓、脳血
管障害、阻血による四肢切断、心筋梗塞、狭心症、腎静脈血栓、腸間膜静脈血栓、肝
静脈・門脈血栓、壊疽、急性末梢血管閉塞などの発生回数がエクリズマブ投与前後で
減少した事が報告されています。しかしながら本邦よりも欧米PNH症例に血栓症が多い
のか、また動脈血栓症よりも静脈血栓症が多いのか、その理由ついては明らかにされ
ていません。
 PNH症例は造血障害による好中球、血小板減少が生じることが多く、特に好中球減少
は易感染性を引き起こし、死因の主原因となります。再生不良性貧血の約30%にPNH
型赤血球が検出され、このような症例には免疫抑制療法が効果的であり、PNH赤血球
出現の背景には免疫学的機序が働いている事が想定されています。従って、PNHの治
療法の一つとして再生不良性貧血の治療に準じた免疫抑制療法、すなわちシクロスポリ
ン、抗胸腺細胞グロブリンなどが挙げられます。一方、エクリズマブ投与は好中球、血小
板数の増加効果は期待できません(これらの血球減少に補体介在性破壊は絡んでいな
いということになります)。造血不全に伴う貧血の進行に対して洗浄赤血球輸血は不要と
なります。
(2010年12月1日掲載)
トップへ
戻る