大阪公立大学大学院医学研究科 神経生理学水関研究室

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研究

私達の研究室では、エピソード記憶に重要な海馬とその関連領域を研究対象にして、脳が情報を処理・伝達・貯蓄・検索するメカニズムをネットワークレベルで理解したいと考えています。メカニズムの候補としては神経発火のタイミングと同期性、正確な神経発火の順番、オシレーションによるセルアセンブリの集団化などが想定されています。これらの候補の検証は、複数の脳領域から多くの神経細胞の神経発火を同時に高時間分解能で観察して初めて可能になります。

そこで私達は行動中・睡眠中のマウスとラットを用いて、海馬・扁桃体・大脳皮質・視床・大脳基底核などからシリコンプローブなどの大規模細胞外記録法を用いて同時に多くの神経細胞の発火とフィールド電位を記録し、神経細胞・脳領域がどのように相互作用しながら記憶や認知を生み出すのかを調べていきます。また光遺伝学と大規模細胞外記録法を組み合わせて、様々な神経細胞種・神経調節系が記憶・知覚や脳のリズム形成にどのような役割を果たしているのかを研究します。さらに脳の情報処理が意識・感情・ストレス・脳状態によりどのように変化するのか、睡眠中の脳活動がどのように記憶や学習の基盤となるのかを解明したいと思っています。

オプトジェネティクスを用いた局所回路の動作原理の解明

光遺伝学(optogenetics)の発達により、光感受性のイオンチャネルやイオンポンプを特定の神経細胞に発現させて特定の波長の光を当てることで、特定の神経細胞の活動を人為的に任意のパターンで操作できるようになりました。私達は光遺伝学と大規模細胞外同時記録法を組み合わせて、脳の局所回路の動作原理を明らかにしたいと考えています。

光遺伝学と大規模細胞外記録法を用いた私達の実験例

私達が作成したシリコンプローブ・光ファイバーアセンブリ(A)とその模式図(B)。 シリコンプローブの4本のシャンクそれぞれに光ファイバーを取り付け、最小限のパワーの光を使って記録部位のごく近傍の細胞のみの神経活動を制御できる。 (C)同一シャンクから1つのChR2陽性細胞(Cell 10)と16個のChR2陰性細胞を同時記録したもの。それぞれの細胞のPSTH(peri-stimulus time histogram, 左)とスパイクの波形(右)を示す。PSTHの2本の縦線(0~5ミリ秒)は青色光で刺激した時間を示す。光刺激によって短い潜時(約1ミリ秒)で発火頻度が著しく上昇することを指標にして、ChR2陽性細胞を同定できる。 参考文献 Stark et al., 2012, Journal of Neurophysiology 108, 349-363

上記の方法を用いて、私達は2つのことを行なっています。

まず、従来の細胞外記録法の1つの大きな問題は、記録している細胞の種類がわからないことでした。ChR2などを細胞種特異的に発現させて光刺激することにより、細胞種特異的な細胞を同定した上で大規模細胞外記録を行っています。

さらに、細胞種特異的に細胞の活動を人為的に操作しつつ、その近傍の細胞やネットワークの振る舞いを観察することで、局所回路における細胞種特異的な役割を調べています。

海馬体神経回路の細胞種・経路特異的な情報処理機構

多点同時記録法を用いて、記憶課題中と睡眠中のラットの海馬体の複数の領域から200個程度の神経細胞の発火と電場電位を同時記録し、神経細胞間ならびに脳領域間の相互作用・機能的結合が行動の相や経験によってどのように変化するかを調べています。また、多点同時記録法と光遺伝学を組み合わせ、細胞種特異的な介在細胞を記録・攪拌させて、海馬体の主要な介在細胞のネットワーク活動や情報コードに対する役割を明らかにしようとしています。さらに、電気生理学と光遺伝学的手法を組み合わせることで海馬台の主細胞を投射先により分類し、海馬台主細胞による投射先特異的な情報ルーティングの原理を解明することを目指しています。

神経活動の可塑性と記憶におけるレム睡眠の役割

私達の睡眠時間の約15%はレム睡眠ですが、レム睡眠中に夢をみること以外、レム睡眠の役割はほとんど分かっていません。私達は、レム睡眠が神経活動の可塑性や記憶をどのように調節しているかを、光遺伝学・動物行動学・電気生理学などの手法を用いて、マウスやラットをモデル動物として明らかにしようとしています。

異なる記憶構造間における機能的結合の基盤となる新規オシレーションの探索と解析

脳の情報処理は、脳領域間で必要な情報が効率的かつ正確にやり取りされることで成り立っています。オシレーションが領域間の情報のやり取りを制御しているという考えは以前からありますが、オシレーションによる情報の処理や伝達の制御の研究は、たとえば海馬や視覚領域など、主に同一の脳構造で行われてきました。そのため、異なる記憶構造間での情報のやり取りがオシレーションを介してどのように行われているかは依然としてよくわかっていません。私達は、異なる記憶構造間における機能的結合の基盤となる新規オシレーションを探索し、その機能を生体内で解析することで、脳の情報処理機構をより深く理解することを目標としています。

光遺伝学と多点同時記録法の融合による神経修飾系の生体内での機能解析

アセチルコリン・ノルアドレナリン・ヒスタミン・ドーパミン・セロトニンなどの神経修飾系は様々な神経疾患に関わっていますが、それらがどのように神経細胞の情報コードや可塑性、ならびにオシレーションや神経活動の同期性などのネットワークダイナミクスを生体内で制御するかはよく分かっていません。私達は特定の神経修飾系の神経細胞に光感受性のオプシンを発現させ、光を使って神経修飾系の活動を操作します。それと同時に、多点同時記録法により海馬の神経細胞の活動を記録し、情報コードやネットワークダイナミクスに対する神経修飾系の活動操作の影響を調べています。

エピソード記憶を実現する前頭前野-大脳辺縁系ループの機能構築

エピソード記憶には内側前頭前野-視床-扁桃体-海馬体のループが中心的な役割を果たしていると示唆されていますが、細胞・ネットワークレベルのメカニズムは不明です。私達は多点同時記録法と光遺伝学の技術を使い、齧歯類の前頭前野-大脳辺縁系ループ内の細胞間・領域間の動的相互作用がどのようにエピソード記憶を実現するかを明らかにします。具体的には(1)多点同時記録法でループ内の複数の脳領域から電場電位と神経発火を同時記録し、細胞間・領域間の相互作用と探索行動・記憶の相関を調べます。(2)多点同時記録法と光遺伝学を組み合わせて、ループ内の細胞種・投射先特異的な神経細胞の活動を記録・攪拌し、ネットワーク活動・探索行動・記憶における役割を調べます。(3)睡眠中にループ内の活動を細胞種・投射先特異的に記録・攪拌し、睡眠中の記憶固定のメカニズムを細胞・ネットワークレベルで明らかにします。

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