診療と研究

小腸疾患

原因不明の消化管出血(OGIB)

上部および下部消化管内視鏡検査を行っても原因不明の消化管出血をobscure gastrointestinal bleeding (OGIB) といいます。このうち再発または持続する下血や血便などの可視的出血を伴うものを顕在性消化管出血 (overt OGIB)、目に見える明らかな出血ではないが消化管からの出血が疑われるものを潜在性消化管出血 (occult OGIB) といいます。近年カプセル内視鏡やバルーン内視鏡の出現によって、小腸の内視鏡観察が可能になりました。OGIBに対してはカプセル内視鏡が出血部位の同定に有用であり、overt OGIBが止まってしまった場合でも可及的速やかにカプセル内視鏡を行うことが望ましいとされています。バルーン内視鏡では生検やマーキングの他、焼灼術やクリッピングなどの内視鏡処置が可能です。また内視鏡的に止血困難な場合でも、小腸内視鏡で出血病変を同定してから血管内治療や局所手術につなげることが可能です (Otani K, et al. Digestion, 2018)。

私達はOGIBに対するカプセル内視鏡の有所見率に影響を与える因子について研究した結果、重篤な併存症や非ステロイド性抗炎症薬を服用しているOGIBの患者さんでは有所見率が高く、カプセル内視鏡を受けた方がよいことがわかりました (Shimada S, et al. Scand J Gastroenterol, 2017)。またOGIBは出血責任病変が見つからず診断に難渋することが多いですが、私達はカプセル内視鏡で出血病変が同定できないOGIBに対するバルーン内視鏡検査とカプセル内視鏡による再検の有用性についての研究を行った結果、カプセル内視鏡の再検によって高率に病変を検出できることがわかりました (Otani K, et al. United European Gastroenterol J, 2018)。

NSAID起因性小腸傷害

非ステロイド性抗炎症薬 (non-steroidal anti-inflammatory drugs: NSAIDs) は日常診療において汎用される薬剤ですが上部消化管粘膜傷害を起こすことが知られており、さらに近年小腸内視鏡の出現によって小腸にも高頻度に傷害を起こすことがわかってきました。NSAIDsによるプロスタグランジン (PG) の欠乏やミトコンドリアの機能障害から粘膜バリアー機能が破綻すると腸内細菌が小腸上皮内に侵入し、Toll様受容体 (Toll-like receptor: TLR) やNod様受容体 (Nod-like receptor: NLR) を介して自然免疫が発動します。NSAID起因性小腸傷害は細胞表面のTLR4がグラム陰性桿菌から放出されるリポ多糖や、傷害上皮から放出されるhigh mobility group box 1を認識することによって発症することを私達は報告しました (Watanabe T, et al. Gut, 2007; Nadatani Y, et al. Am J Pathol, 2012)。一方でNLRは細胞内に存在し、NSAID起因性小腸傷害ではNLR family, pyrin domain-containing 3インフラマソームが重要な役割をしていることを証明しました (Higashimori A, et al. Mucosal Immunol, 2016)。

NSAID起因性小腸傷害に対しては酸分泌抑制剤の効果が期待できず有効な予防・治療法が確立されていませんが、私達は粘膜防御因子製剤やPG製剤の他に、抗TNF-α抗体 (Watanabe T, et al. Gut, 2013)、プロバイオティクス (Watanabe T, et al. Am J Physiol Gastrointes Liver Physiol, 2009)、さらに痛風や家族性地中海熱に有効であるコルヒチン (Otani K, et al. Sci Rep, 2016; Otani K, et al. Digestion, 2020) が新たな治療薬の候補となると考え、基礎から臨床への橋渡し研究を行っています。