このたび、クリプトコックス症の原因の一つであるクリプトコックス・ガッティ(以下、ガッティ)という致死性の高い真菌(カビ)が、「究極の隠れ蓑」を使って、体の中に忍び込む謎を、国立感染症研究所真菌部部長宮ア義継氏、および、同研究員浦井誠氏らとともに解明し、2016年1月6日付のFrontiers in Cellular and Infection Microbiology に掲載されましたので、ご報告いたします(1)。
クリプトコックス症は、カビの一種が肺や脳に感染する病気です。クリプトコックス症の多くは、クリプトコックス・ネオフォルマンス(以下、ネオフォルマンス)というカビが原因で、このカビを吸い込むことで、まず肺に病気を起こします。健康な人(免疫が正常な人)の場合、多くは肺の中でとどまりますが、免疫が弱っている人では、脳に病気を起こし、死に至る場合があります。ところが、健康な人にも脳に病気を起こしやすいクリプトコックス症が2000年ごろから知られるようになりました。その原因が、ネオフォルマンスの仲間のガッティです。日本国内での感染例の報告を受け、研究班を立ち上げて疫学調査などを開始しました(2,3)。その一環で、ガッティが容易に脳に病気を起こす謎の解明に携わりました。
クリプトコックスなどの外からの侵入者、いわゆる病原体に対して、人の体は、免疫細胞という防衛隊で応戦します。免疫細胞は、まず、病原体を見つけるところから始まり、次に仲間を集める信号を送り、全員で病原体を捕まえ、最終的に退治します。一方、病原体は、免疫細胞に抵抗する仕組みを持っており、その一つが、「隠れ蓑」です。
菌は、裸の状態では免疫細胞に見つかりやすいのですが、菌の中には、隠れ蓑を着て、免疫細胞に見つかりにくくしているものがいます。クリプトコックスも、「莢膜」という隠れ蓑を着ています。ネオフォルマンスの場合、健康な人の免疫細胞は何とか見つけて捕まえることができますが、ガッティは、健康な人の免疫細胞をも欺く「究極の隠れ蓑」を着ていることが分かりました。謎の解明は、以下の要領で行いました。
まず、ネオフォルマンスとガッティの両方を、免疫細胞と一緒に培養します。免疫細胞は、菌を見つけると「サイトカイン」という信号を出します。この信号を検出することで、菌を見つけたかどうかを判定します。ネオフォルマンスを混ぜた場合には、信号が検出されましたが、ガッティの場合にはほとんど検出できませんでした。さらに、隠れ蓑である莢膜だけを抽出して、免疫細胞と一緒に混ぜた場合も同様の結果でした。つまり、菌を覆っている膜が「隠れ蓑」の役割を果たしていたのです。
次に、莢膜の成分を調べました。莢膜は、多糖という糖が沢山つながった水飴みたいな成分でできています。多糖を構成する一つ一つの糖の種類を比べたところ、ネオフォルマンスもガッティもほとんど同じでしたが、多糖をNMRという装置で調べたところ、少しだけ違うことが分かりました。その違いに着目して、ネオフォルマンスの莢膜を、ガッティの莢膜に近づけるようにしたところ、ネオフォルマンスの莢膜も「見えなく」なりました。このようにして、ほんの少しの違いで「究極の隠れ蓑」になっていることが明らかとなりました。
今回の結果だけで、ガッティの病原性を全て説明できるわけではありませんが、その一端は解明できたと考えております。
ガッティによる感染症は、2000年ごろに北米で流行が起こり、2014年9月には、感染症法の5類全数把握疾患に定められ、その動向が注目されております(3,4)。このような状況下で、ガッティの病原性に関して、興味深い結果が得られましたことは、今後の基礎研究を推進する貴重な一歩となると期待されましたので、ご報告させていただきました。
参考文献
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Urai M, Kaneko Y, et al. Evasion of Innate Immune Responses by the Highly Virulent Cryptococcus gattii by Altering Capsule Glucuronoxylomannan Structure. Front. Cell. Infect. Microbiol., 06 January 2016
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Okamoto K, et al. Cryptococcus gattii genotype VGIIa infection in man, Japan, 2007. Emerg Infect Dis. 2010 Jul;16(7):1155-7.
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国立感染症研究所ホームページ. 高病原性クリプトコックス症(Cryptococcus gattiiによるクリプトコックス症:ガッティ型クリプトコックス症)に関する注意
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感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について. 16. 播種性クリプトコックス症
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-140912-3.html